ニッコロ・マキャベリ 外国人の名言

人間というものは危害を加えられると思っていた人から・・・ / マキャベリ

投稿日:2021年12月31日 更新日:

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2021.12.31-Vol.1011
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■先人の知恵に学ぼう!驚くほど役に立つ「名言集」■
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★今日の名言★
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 人間というものは、

  危害を加えられると思っていた人から、

   恩恵にあずかると、

 ふつうにうける場合よりはるかに恩義を感じて、

  その人に、深い好意を抱くものである。

              <マキャベリ>

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◆一口豆知識◆◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇広辞苑より◇◇◇◇

君主論(くんしゅろん)・・・

(Ⅱ Principal(イタリア))マキアヴェリの主著。1532年刊。分裂状態にあ
ったイタリアの統一のため、君主の統治技術を論じたもの。政治を宗教
・道徳から分離した点で近代政治学の起点とされる。

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※喫煙室(雑談コーナー)

因みにマキャベリズムとは、広辞苑によると以下のように書いてある。

★マキアヴェリズム【Machiavellism】

 目的のためには手段を選ばない、権力的な統治様式。アキアヴェリの
 「君主論」の中に見える思想。権謀術数主義。

今日は12月31日、一年を振り返るまでもなく新型コロナの影響で政治・
経済共に甚大な影響を受けた一年でした。

物事には始まりがあり、必ず終わりがあります。来年が新しい年の始ま
りになりますように心から祈念して今年の「名言集」の最後にいたしま
す。

希望のことを英語では”Hope”といいます。

それを実現するために必要なことが、この四つの頭文字で表現されてい
るといいます。アメリカの民主主義を実現するための要諦が、このシン
プルな4文字に含まれているのではないでしょうか。

「H」 health 健康
「O」 opportunity 機会
「P」 parents 両親
「E」 equality 平等

         ☆—————————————-☆

ニッコロ・マキャヴェッリ

ニッコロ・マキャヴェッリ(イタリア語: Niccolo Machiavelli, 1469年
5月3日 – 1527年6月21日)は、イタリア、ルネサンス期の政治思想家、
フィレンツェ共和国の外交官。

著書に『君主論』、『ティトゥス・リウィウスの最初の十巻についての
論考(ディスコルシ)』、『戦術論』がある。理想主義的な思想の強い
ルネサンス期に、政治は宗教・道徳から切り離して考えるべきであると
いう現実主義的な政治理論を創始した。日本語では「マキャヴェリ」「
マキャベリ」「マキァヴェリ」「マキァヴェッリ」など様々な表記が見
られる。

[生涯]

1469年、貴族であり法律家の父ベルナルド・ディ・ニッコロ・マキャヴ
ェッリとその妻バルトロメーア・ディ・ステーファノ・ネッリの3人目の
子として生まれた。マキャヴェッリ家はフィレンツェ共和国の要職を幾
人か輩出した名家であり、一説にはトスカーナの旧侯爵家の子孫である
ともされる。父ベルナルドは弁護士で年収は110フィオリーノ。貧しい階
級のものではないが、絶対に裕福な家庭の者でもなかった。いわゆる中
流ではあるが、マキャヴェッリ本人は「私は貧しく生まれた。だから、
楽しむより先に、苦労することを覚えた」と後年記している。マキャヴ
ェッリは他の兄弟たちと共に父母の愛情に包まれ、上流階級の必須教養
であったローマ・ギリシャ古典やラテン語等を学んで育った。その青少
年期は、大ロレンツォによる独裁、大ロレンツォ死後に発生したメディ
チ家追放(1494年)、サヴォナローラの神政とその失脚・処刑(1498年
)等、フィレンツェ共和国の激動期に重なる。

1498年6月19日、マキャヴェッリはピエロ・ソデリーニ政権下の第2書記
局長に選出される。マキャヴェッリが属した第2書記局は内政・軍政を所
轄し、自身が各国との交渉に関わることも多い。同年7月14日、「自由と
平和のための十人委員会」秘書官に任命される。ほぼ同時期に統領秘書
官にも任命される。この頃、十人委員会からの依頼で、『ピサ問題に関
する論考』を書く。かつてピサはイタリアの3大海洋国家のひとつであり
、海を持たないフィレンツェにとっては、ピサの港が自由につかえるこ
とが必要であり、ピサがコントロール下から離れたことが問題となって
いた。この難題に対し、マキャベリは論考を書物にして4ページ半の小文
に、簡潔明瞭にまとめた。「もしも、フィレンツェが自由でありたいと
望めば、ピサは再領有は実現されるべきである」と冒頭で述べ、さらに
包囲戦のあり方から、攻撃拠点に配置する兵の数をまで拠点ごとに論じ
ている。

1499年6月、チッタ・ディ・カステッロ領主にして傭兵隊長であるパオロ
・ヴィテッリをフィレンツェ共和国軍最高司令官に任命し、ピサに軍事
侵攻を開始した。十人委員会は悪評高く、選挙さえ行われていなかった
ため有名無実化しており、その中でマキャヴェッリは統領と官僚に直接
指揮をあおぎ、仕事をこなしていた。8月16日には、砲撃でピサ市壁を2
4メートルにわたって破壊し、8月10日に市壁を守る砦の一つを陥落させ
る。しかし、再領有目前になったこの時期に最高司令官ヴィテッリが自
分の率いる傭兵団を撤退させ、他の傭兵隊長たちも軍事行動を中断した
。マラリアで倒れた兵が出たことを期に、9月14日に完全撤退した。市街
戦での兵力消耗を嫌った傭兵隊長らしい行動の結果の崩壊であった。9月
29日、ヴィテッリは逮捕される。罪状は、反逆罪、理由なき戦線離脱、
ピサ防衛についていた敵側傭兵隊長を逃したことの3点である。10月1日
、ヴィテッリは処刑された。10月15日、フィレンツェ共和国は、9月11日
にミラノを占拠したフランス王ルイ12世と同盟を結ぶ。フィレンツェは
、フランス王がナポリ攻略に必要な5千人のスイス傭兵と5百の騎兵を金
で準備し、代わりにフランス王はナポリ攻略前に、フィレンツェにピサ
攻略のためにスイス傭兵5千人を貸し与えるという内容だった。

1500年ピサ戦役にマキャヴェッリはフィレンツェ軍顧問の副官として参
加した。集結地点パルマにきたフランス王の兵は、スイス兵4千人とガス
コーニュ兵2千人であった(協約違反)。いざ進軍となったときには、フ
ランスからの援軍はいうことを聞かず、まっすぐ南下すればピサのとこ
ろ、東南に進路を取り、フランス王が関心のある地域であったボローニ
ャ、ミランドラ、コッレッジョ、カルピと、2ヶ月にわたり軍事パレード
をする示威行為に付き合わされた。6月22日、ピサに到着するが、フラン
ス兵は周辺一帯の略奪に明け暮れる。フランス王の「助力」を信頼し、
フランスとの協約で支払う費用が多額だったため、イタリア人傭兵を全
員解雇して臨んだ戦役だったため歯止めが効かず、戦場ではフランス兵
のいうがままであった。フランス軍はピサ市壁を破壊するものの、市内
への侵攻を拒否したあげく、フィレンツェ顧問アルビッツを拉致して身
代金を要求するなど惨状を極めた。そんな中、マキャヴェッリはフラン
ス軍との交渉役や、本国との連絡役となる傍ら、十人委員会の名で顧問
に訓令を書き、また顧問の名で十人委員会への報告書を書くなど多忙な
日々を送った。ガスコーニュ兵がまず引き上げ、7月9日スイス兵も引き
払い、ピサ領有は水泡と化した。

後年のマキャヴェッリの「自国の軍を持つ必要性」や他人の褌で相撲を
取ることを考えてはならないという主張は、この年の経験に基づくとさ
れる。ピサ戦役の失敗は、フィレンツェ共和国に多大な費用の空費をさ
せただけでなく、フランス兵の略奪によりピサ周辺の親フィレンツェ地
域にまで恨みを買い、フランス王にいいようにあしらわれたことで、権
威の失墜を招いた。また、フランス王は一方的に同盟の破棄を宣言し、
マキャヴェッリは王の後を追って、共和国政府の副使として弁明のため
にフランスまで行くことになる。

このようにマキャヴェッリは、実際に軍事行動の立案から実行まで関わ
り、また外国にもたびたび派遣されることもあった。マキャヴェッリは
見聞きした各国為政者や古典から学んだ歴史上の人物の中から、権謀術
数に長けた教皇軍総司令官チェーザレ・ボルジアに理想の君主像を見出
すようになった。

マキャヴェッリは自らの経験と考察から、国の根源は傭兵に拠らない軍
事力にあると確信し、国民軍の創設を計画した。貴族や富裕層の中には
国民軍創設に反対する者もいたが、その企画は実現する。国民軍は期待
された成果を挙げることなく、ソデリーニ政権は1512年、メディチ家の
フィレンツェ復権を後押しするハプスブルク家スペインの前に屈服し、
マキャヴェッリは第2書記局長の職を解かれた。

1513年2月、ジョヴァンニ・デ・メディチ新政権下起こったボスコリ事件
に加わった容疑で、マキャヴェッリは指名手配され、2月19日自ら出頭し
て逮捕された。マキャヴェッリは地下牢で、縄で吊るされるという拷問
を6回受けた。3月11日にジョヴァンニ・デ・メディチが教皇に選出され
たことにより、大赦で(3月11日もしくは12日に)釈放された。しかし保
釈金的なものは発生しており、マキャヴェッリの年収の10年分にあたる
金額を友人3人に借りて支払っている。

所有地からのあがりだけで悠々自適でいられる身分になかったマキャヴ
ェッリにとって、財産はフィレンツェ市内の家とサンタンドレアにある
山荘だけであった。当時フィレンツェ近郊の山荘では、小麦と衣服以外
は自給自足できるのが一般的であり、それがあってか、マキャヴェッリ
は葡萄やオリーブの収穫時期ぐらいにしか行かなかった山荘に、家族7人
(本人・妻・子供5人)で移り住む。山荘はフィレンツェ・シエナ間に広
がるキャンティ地方にあり、ワインの産地である。現在、マキャヴェッ
リの子孫の娘の再婚先であったセリストーリ伯家が、山荘とそれに付随
した農園を相続していて、マキャヴェッリの横顔を商標にした「キャン
ティ・クラシコ」を販売している。しかし、マキャヴェッリの時代は、
ワイン販売が事業として成り立つとは誰も考えていなかったようで、ワ
インでひと稼ぎとはいかなかったようである。

43歳にして隠遁生活に入らざるをえなかったマキャヴェッリは、昼間は
農業に勤しんだり、近くの庶民と交わり賭け事等をして時を過ごし、日
が落ちると読書、執筆三昧の日々を送った。当時の生活ぶりは、1513年
12月10日に、ローマ法王庁にフィレンツェ政府より大使として赴任して
いた、親友のフランチェスコ・ヴェットーリへの一通の手紙から窺える
。イタリア文学史上、最も有名で美しい手紙の一つとされているが、夜
になると官服に着替えて『君主論』と題した小論文をまとめていること
を述べている。

執筆活動は政治・歴史・軍事から劇作までに及び、喜劇は大好評を博し
て著作家としての名声を得た。

マキャヴェッリは、「私は我が魂よりも、我が祖国を愛する」と友人で
あるフランチェスコ・ヴェットーリ宛の書簡に記したように愛国者を自
認しており、いつでもフィレンツェのために役立ちたいと公言していた
。元来、陽気でお喋りで、飲む・打つ・買うが大好き、また良き夫、良
き父親、仕事好きでめげないマキャヴェッリは、独裁的なメディチ家が
君臨する新政権下への就職活動を模索するようになった。

マキャヴェッリは共和制支持派と見られていたので、かつての同僚や彼
に批判的な人の中には、メディチ政権への猟官運動を冷淡に見る者もい
た。新たにフィレンツェの支配者となったジョヴァンニ・デ・メディチ
、またその後任者ジュリアーノ・デ・メディチの方でも、長く前政権下
の政務に携わったマキャヴェッリを用いることはしなかった。

1516年に死去したジュリアーノ・デ・メディチの後任にロレンツォ・デ
・メディチが就任すると、マキャヴェッリに謁見の機会が与えられた。
謁見の場でマキャヴェッリがロレンツォ・デ・メディチに献上したのが
『君主論』である。ロレンツォ・デ・メディチに献上された本『君主論
』には、君主たるものがいかにして権力を維持し政治を安定させるか、
という政治手法が書き記されている。

マキャヴェッリの理論は「フォルトゥーナ」(Fortuna, 運命)と「ヴィ
ルトゥ」(Virtu, 技量)という概念を用い、君主にはフォルトゥーナを
引き寄せるだけのヴィルトゥが必要であると述べた。『リウィウス論』
では古代ローマ史を例にとり、偉大な国家を形成するための数々の原則
が打ち立てられている。全てにおいて目的と手段の分離を説いているこ
とが著作当時において新たな点であった。共和主義者のマキャヴェッリ
であったが、スペインとフランスがイタリアを舞台にして戦うイタリア
戦争に衝撃を受けた。彼が体験した挫折感と、独立を願って止まない情
熱の存在があったからこそ、『君主論』が生まれたといわれる。マキャ
ヴェッリは『君主論』の中で、混乱するイタリアにあって国を治めるた
めに、自国軍創設や深謀遠慮の重要性を故事を引き合いに出して説いて
いる。理想の君主チェーザレ・ボルジアを例示して、イタリア半島統一
を実現しうる君主像を論じた。

チェーザレ・ボルジア失脚当時には、マキャヴェッリも「かつての公爵
とは千年の隔たりを感じる」と冷たい評価を下しながらも、『君主論』
26章では、チェーザレについて次のような言葉を残す。「今までに、あ
る人物の中に、神がイタリアの贖罪をあがなうよう命じられでもしたか
のような、ひとすじの光が射したことがあった。だが、残念なことにこ
の人物は、その活動の絶頂期に運に見放されてしまったのである」。そ
してそれに続く言葉は、「こうして息絶えだえのイタリアは、今自らの
傷を癒してくれる人を望んでいる」であり、とどめにメディチ家に対し
て「今日、ご尊家がこの贖罪行動の先頭に立つ他に、イタリアの期待に
応えられる人がどこにあろうか」と激励を送った。

1520年、マキャヴェッリ理論の傾倒者が多く、首謀者に含まれた反メデ
ィチの陰謀オルティ・オリチェラーリ事件(イタリア語版)が発生した
が、ロレンツォの後任者ジュリオ・デ・メディチ(後のクレメンス7世)は
、マキャヴェッリの事件への関与を一切問うことをしなかったばかりか
、著作家として才能を開花させていたマキャヴェッリに『フィレンツェ
史(イタリア語版、英語版)』の執筆を依頼した。

このようにメディチ家政権下で顧問的に用いられるようになったマキャ
ヴェッリだったが、1527年5月6日に発生したローマ略奪でメディチ家が
フィレンツェから追放されると、マキャヴェッリもまた政権から追放さ
れるはめになった。一貫した共和制支持派からは「メディチ家に擦り寄
った裏切り者」、ある者からは「目的のためには手段を選ばない狡猾者
」と非難され、失意のうちに病を得て翌月に急死した。

[軍事理論]

マキャヴェッリはその軍事思想を『君主論』、また『政略論』や『戦術
論』に記している。その特徴として以下のことが挙げられる。

1.軍事力の重要性を論じている。『君主論』において君主に必要なもの
として法律とともに軍備が挙げられている。また傭兵軍ではなく常備軍の
編制を重視し、また騎兵ではなく歩兵の有効性を論じてもいる。
2.軍事訓練の重要性を論じている。マキャヴェッリは軍事訓練を錬度に
合わせて段階的に実施することを述べており、第1段階に整列の動作の訓
練、第2段階に整列行進の動作の訓練、第3段階に戦闘訓練、第4段階に信
号や命令伝達の教育としている。
3.司令官の軍事的統率能力の重要性を論じている。これは統率論として
軍隊の団結に司令官の統率力が直結すると述べられており、血筋や権威で
はなく、勇敢や善行がこの統率力を強化すると考えている。また演説の能
力も求められるとしている。<以下略>

        フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

マキャベリの本
自己啓発書のベストセラー
筑紫哲也『NEWS23』とその時代 金平茂紀著

         ☆—————————————-☆

★☆「keiko通信 from NewYork」☆★

「犬小屋へ」

夫婦喧嘩をしたとき、または明らかにご主人が悪く、奥さまに叱られた場
合、

「I am in the doghouse today !」

といって自ら犬小屋に向かう・・・ちょっと笑いますね!?

ご主人は悪いと認め、でも謝りたくないから犬小屋に行きますと。

お互いが言い争いをせず、冷静になり大喧嘩や離婚にまで発展しなくて仲
直りできそうですね。

夫婦に限らず恋人同士、友人、兄弟なども一瞬距離を置くのがよいのかも
しれません。

1年間、拙い文章を読んでくださりありがとうございました。
年末年始は寒いです、皆さまご自愛ください。

                Keiko

★ちょっと一言!

※皆さん、お元気ですか?「名言集」の宮口です。

読者の皆さん、一年間のご愛読心より感謝申し上げます。そして何よりも
ニューヨークのKeikoさんには毎週記事を送っていただき随分と励まされま
した。来年も体力の続く限り頑張る所存です。皆さん、素敵な年越しを♪

颯太(ふうた)は、我が家の愛犬です♪

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