中村久子 日本人の名言

人の命とはつくづく不思議なもの・・・ / 中村久子

投稿日:2013年4月26日 更新日:

2013.04.26-Vol.0572
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★今日の名言★
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 人の命とはつくづく不思議なもの。

  確かなことは自分で生きているのではない。

   生かされているのだと言うことです。

 どんなところにも必ず行かされていく道がある。

  すなわち人生に絶望なし。

   いかなる人生にも決して絶望はないのだ。

              <中村久子>

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◆一口豆知識◆◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇広辞苑より◇◇◇◇

不思議(ふしぎ)・・・

<不可思議の略>
(1)よく考えても原因・理由がわからない、また、解釈がつかない
   こと。いぶかしいこと。あやしいこと。奇怪。
(2)<「―を立つ」「―を打つ」の形で>あやしく思う。不審の念
   を持つ。

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※喫煙室(雑談コーナー)

世の中には、私達の常識では考えられない想像を絶するような壮絶で
悲惨な人生を送った多くの人々が存在する。

その多くの人々は、課せられた人生の重荷に耐えかねて、自らの人生
を自らの手で切り開く努力を怠り流されるままに生涯を終えることに
なる。

しかし、世にいう不運な障害を背負いながらも自らの人生を努力で切
り開いて幸せをその手につかみ取る一握りの人々が存在することも事
実である。

一体、何が人間の「幸福」と「不幸」を分けてしまうのだろうか?

1937年、ヘレン・ケラーが来日した際に中村久子と出会い日本人形を
贈られたという。

その折にヘレン・ケラーをして言わしめた久子への言葉が胸を打つ。

 「私より不幸な人、そして偉大な人」

中村久子とは一体どういう人物なのだろう?
その生涯とは・・・?

以下、月刊「致知」2012年11月号より抜粋したのでお読み頂きたい。

        ——————————

その少女の足に突然の激痛が走ったのは3歳の冬である。
病院での診断は突発性脱疽。肉が焼け骨が腐る難病で、
切断しないと命が危ないという。

診断通りだった。
それから間もなく、少女の左手が5本の指をつけたまま、
手首からボロっともげ落ちた。

悲嘆の底で両親は手術を決意する。
少女は両腕を肘の関節から、両足を膝の関節から切り落とされた。
少女は達磨娘と言われるようになった。

少女7歳の時に父が死亡。

そして9歳になった頃、
それまで少女を舐めるように可愛がっていた母が一変する。
猛烈な訓練を始めるのだ。

手足のない少女に着物を与え、

「ほどいてみよ」

「鋏の使い方を考えよ」

「針に糸を通してみよ」。

できないとご飯を食べさせてもらえない。

少女は必死だった。
小刀を口にくわえて鉛筆を削る。
口で字を書く。
歯と唇を動かし肘から先がない腕に挟んだ針に糸を通す。
その糸を舌でクルッと回し玉結びにする。

文字通りの血が滲む努力。
それができるようになったのは12歳の終わり頃だった。

ある時、近所の幼友達に人形の着物を縫ってやった。
その着物は唾でベトベトだった。

それでも幼友達は大喜びだったが、
その母親は「汚い」と川に放り捨てた。

それを聞いた少女は、
「いつかは濡れていない着物を縫ってみせる」と奮い立った。
少女が濡れていない単衣一枚を仕立て上げたのは、15歳の時だった。

この一念が、その後の少女の人生を拓く基になったのである。

その人の名は中村久子。
後年、彼女はこう述べている。

「両手両足を切り落とされたこの体こそが、
 人間としてどう生きるかを教えてくれた
 最高最大の先生であった」

そしてこう断言する。

「人生に絶望なし。いかなる人生にも決して絶望はない」

       ☆——————————☆

中村久子

中村久子(なかむら ひさこ、1897年11月25日 – 1968年3月19日)は、
明治~昭和期の興行芸人、作家。両手・両足の切断というハンデにも
拘らず自立した生活を送った女性として知られる。

[幼少期]

1897年(明治30年)11月25日、岐阜県大野郡高山町(現高山市)で父
・釜鳴栄太郎と母・あやの長女として出生した。2歳の時に左足の甲に
起こした凍傷が左手、右手、右足と移り、凍傷の影響による高熱と手
足が真黒に焼ける痛みと苦しみに昼夜の別なく襲われた。

3歳の時にこの凍傷が元で特発性脱疽となる。手術すべきか否か、幾度
となく親族会議が行われたが、決断を下さないうちに、左手が手首か
らポロリと崩れ落ちたという。その後右手は手首、左足は膝とかかと
の中間、右足はかかとから切断する。幾度も両手両足を切断し3歳の幼
さで闘病生活が始まる。

7歳の時に、父・栄太郎がこの世を去る。不幸は続き10歳の時に弟とも
生別する。そんな激動の生活の中、彼女を支えてくれたのは祖母ゆき
と母あやであった。祖母と母の厳しくも愛情のある子育てのお蔭で、
久子は文字や編み物を出来るようにまでなった。

[青年期]

1916年(大正5年)、20歳になった久子は地元高山を離れ、上京し横浜
市などで一人暮らしを始めた。

その後、母と再婚した継父に身売りされ、「だるま娘」の名で見世物
小屋での芸人として働くようになり、両手の無い体での裁縫や編み物
を見せる芸を披露した。

後に結婚し、富子(次女、1924年生まれ)らを儲けて、祖母の死や夫
の死という不幸に見舞われながらもくじける事なく、子供たちを養い
気丈に働き続けた。1934年(昭和9年)にようやく興行界から去った。

久子は見世物小屋で働き始めた時「恩恵にすがって生きれば甘えから
抜け出せない。一人で生きていかなければ」と決意し、生涯を通じて
国による障害者の制度による保障を受けることは無かった。

[見世物小屋を辞めてから晩年まで]

1937年(昭和12年)4月17日、41歳の久子は東京日比谷公会堂でヘレン
・ケラーと出会う。久子はその時口を使って作った日本人形をケラー
に贈った。ケラーは久子を、「私より不幸な人、私より偉大な人」と
賞賛した。翌42歳の時、福永鷲邦に出会い、「歎異抄」を知る。

50歳頃より、執筆活動・講演活動・各施設慰問活動を始め、全国の身
障者および健常者に大きな生きる力と光を与えた。久子は講演で全国
を回る中で自分の奇異な生い立ちを語るとともに、自分の体について
恨む言葉も無く、むしろ障害のおかげで強く生きられる機会を貰った
として「『無手無足』は仏より賜った身体、生かされている喜びと尊
さ(を感じる)」と感謝の言葉を述べ、「人間は肉体のみで生きるの
ではなく、心で生きるのだ」と語っている。1950年(昭和25年)54歳
の時、高山身障者福祉会が発足し初代会長に就任する。65歳の時厚生
大臣賞を受賞した。

1968年(昭和43年)3月19日、脳溢血により高山市天満町の自宅におい
て波乱に満ちた生涯に幕を閉じる。享年72。遺言により遺体は、娘の
富子らによって献体された。

[中村久子の言葉]

幾度もの苦難を乗り越えて自分で生き抜いてきた久子は以下の言葉を
残している。

「人の命とはつくづく不思議なもの。確かなことは自分で生きている
のではない。生かされているのだと言うことです。どんなところにも
必ず生かされていく道がある。すなわち人生に絶望なし。いかなる人
生にも決して絶望はないのだ。」

        フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

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あなたも辛い時や悲しい時、何気ない一言で勇気づけられた経験はないだろ
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仕事をしながらメルマガを発行しようと決意したのは、そういう名言の数々
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今までの仕事だけの人生に物足りなさを感じていたということもあります。

「生きることとは自分自身を表現することである!」と言ったのは誰だった
ろう?自分自身を表現することにより、ほんの少しでも周りの人たちを幸せ
にするお手伝いが出来れば望外の幸せです。

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