二上達也

羽生は入門したときから強かったし・・・ / 二上達也

投稿日:2016年11月18日 更新日:

2016.11.18-Vol.0759
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■先人の知恵に学ぼう!驚くほど役に立つ「名言集」■
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★今日の名言★
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 羽生は入門したときから強かったし、周囲の評価も高かった。

  だから私からあえて彼に声をかけたりはしなかった。

 将棋の勝負は、基本的に自分で頑張るしかない。

  そんなことは弟子もわかっているし、

   師匠も自分の型にはめたりはしません。

              <二上達也>

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◆一口豆知識◆◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇広辞苑より◇◇◇◇

師匠(ししょう)・・・

(1)学問・技芸などを教授する人。先生。
(2)芸人に対する敬称。

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※喫煙室(雑談コーナー)

「ここは師匠の意地を見せてやろうと気合を入れたが、
  結果は私の完敗だった。このとき引退を決意した。」
※弟子の羽生善治との初対戦で完敗し引退を決断した時の言葉。

「若手・中堅の棋士たちが将棋研究に打ち込む熱心さを
  もう少し将棋普及のためにも
   積極的に向けてもらえればいいのですが」

今月11月1日、また一人惜しい人を亡くした。

昭和の名棋士であり将棋界の発展・普及に尽力された二上達也九段が亡
くなられたのだ。

同時代を生きた先輩に「受けの達人」といわれた大山康晴十五世名人と
いう余りにも偉大な巨人がいた為に、二上のタイトル戦の戦績は登場回
数26に対し棋聖4期(1966年度前期=第8期、1980年度後期=第37期 – 198
1年度後期=39期)、王将1期(1962年度=第12期)にとどまっている。

因みに通算成績856勝752敗となっている。

以下、<朝日デジタル>の記事を転載させていただく。

昭和の名棋士の一人で、日本将棋連盟会長を長く務め、羽生善治三冠の
師匠としても知られる二上達也(ふたかみ・たつや)九段が1日、肺炎
で死去した。84歳だった。通夜・葬儀は近親者らで営んだ。喪主は妻郁
子さん。

 50年に入門し、その年にプロデビュー。56年、入門から6年で八段とい
う最短記録を作った。名人挑戦を争うA級順位戦には通算27期在籍した。

 攻め将棋で知られ、全盛期の大山康晴十五世名人(故人)にタイトル
戦で度々挑んだ。3回挑戦した名人戦では及ばなかったが、王将、棋聖を
奪った。82年に50歳で棋聖3連覇。タイトル獲得は計5期、棋戦優勝5回。
90年に引退した。

 89~03年、歴代最長の14年間、連盟会長を務めた。戦後の詰将棋創作
の代表的存在で、「二上詰将棋代表作」「将棋魔法陣」などの作品集が
ある。

◇〈弟子の羽生善治三冠の話〉 師匠として将棋連盟会長としていつも
大きな存在でした。将棋界に遺して頂いたものを大切に繋いで行きたい
と思います。

◇〈加藤一二三・九段(76)の話〉 8歳年上の二上九段は94局戦ったラ
イバルです。華麗で切れ味の良い攻め将棋。初めの頃は私にとって大き
な壁でしたし、1982年の棋聖戦五番勝負では3連敗を喫したのが印象的で
す。棋士の中では一番打ち解けて話をした人で、一緒にお酒を飲むこと
もありました。お会いしたいなと思っていたのですが、ご病気だと聞い
て気になっていました。心からご冥福をお祈り致します。

       ☆——————————☆

二上達也

二上 達也(ふたかみ たつや、1932年(昭和7年)1月2日 – 2016年(平成2
8年)11月1日)は、将棋棋士。渡辺東一名誉九段門下で棋士番号は57。タ
イトル獲得通算5期。1990年引退。

1989年から2002年にかけて日本将棋連盟会長を務めた。加藤治郎・原田
泰夫の後任として将棋ペンクラブ名誉会長でもあった。弟子に羽生善治
がいる。

[経歴]

[生い立ち]

1932年、北海道函館市の網元の家で8人兄弟の末子として生まれた。193
9年に母が亡くなり、京都帝大を卒業した兄は太平洋戦争で北千島に出征
した後にシベリア抑留を受けた。比較的裕福な家庭だったが、戦後の農
地改革で土地を失い、インフレにより貯蓄の価値が失われ、父は1946年
に病気で亡くなった。その頃に函館中学(後の北海道函館中部高等学校
)へ通っていた二上は友人との将棋に時間を費やすようになり、やがて
アマチュア六段の白土誠太郎の将棋会所で指導を受けるようになった。

1949年、17歳のときにアマ名人戦北海道大会で準優勝し、優勝した島田
永信と共に北海道代表として東京で開かれたアマ名人戦に参加して二上
は2回戦敗退、島田は優勝した。中央棋界との交流がある白土は日本将棋
連盟会長を務めていた渡辺東一に二上を弟子とすることを提案した。シ
ベリアから復員して函館中学の英語教師をしていた親代わりの兄は反対
したが、軍で兄と面識のあった島田の説得もあり1950年に渡辺の内弟子
となり上京した。

[プロ入り]

1950年4月、奨励会に二段で入会。11月に18歳で四段昇段(プロ入り)。
1951年の順位戦で初参加から3年連続昇級して、一気にB級1組に上がる。
さらに1年の間を置いて1956年にA級八段となる。入門から八段まで6年間
という最短記録は、その後も破られていない(奨励会入会から四段昇段
まで8ヶ月も最短記録)。

その後は23期連続でA級に留まり、3度名人への挑戦者となった。1958年
には準タイトル扱いの王座戦の決勝に進んだが、塚田正夫に敗れた。

[大山とのタイトル争い]

初のタイトル挑戦は第10期(1959年度)九段戦であり、大山康晴三冠王
(名人、九段、王将を独占)と戦ったが3勝4敗で敗れた。その直後の第
9期王将戦でも大山に挑戦したが、2勝4敗で敗退した。第10期(1960年度
)王将戦、第12期(1961年度)九段戦、第21期(1962年)名人戦では、
四冠王の大山(新設の王位も含めて独占)と対決するが、いずれも敗退。

第12期(1962年度)王将戦では、今度は五冠王となっていた大山(新設
の棋聖も含めて独占)を4勝2敗で破り、初のタイトルとなる王将を獲得
。タイトル戦の数が3つの時代の1959年から続いていた大山の全冠独占を
初めて崩した。

翌年度、王将を大山に奪還されて五冠復帰を許した。大山は1963年から
1966年の間にタイトル19連続獲得を達成して五冠王を維持し、その間に
二上はタイトル戦で大山に6回挑戦したがいずれも敗れた。第8期(1966
年度前期)棋聖戦で大山を3勝1敗で破り、再び大山のタイトル独占を崩
す。半年後に棋聖位を奪還され、再び大山が五冠を独占した。

大山とは、通算で45勝116敗、タイトル戦では20回対戦し奪取2・防衛0・
敗退18であるが、大山の五冠独占を2度崩した。

[2度目の棋聖獲得]

1958年にA級入りした加藤一二三をはじめ、芹沢博文、山田道美、内藤國
雄など年下の棋士が徐々に台頭した。1967年には山田が棋聖を獲得し、
1968年には当時20歳の中原誠が当時の最年少記録で棋聖を獲得した。二
上は1970年代に棋聖戦で4回、王座戦で1回、王将戦で1回タイトルに挑戦
したが、いずれも敗れた。

1980年度後期の第37期棋聖戦で米長邦雄を破り、14年半ぶりにタイトル
獲得。その後も1981年度の前期、後期で棋聖位を防衛し3連覇。1982年前
期に森けい二に奪われ、通算5期が条件である永世棋聖にはなれなかった。

順位戦では1978年に6勝4敗で4名が並び、名人挑戦者を決めるプレーオフ
に出場し、二上は米長に敗れた。1979年には3勝6敗でB級1組へ降級した
が1980年にはA級へ復帰した。1982年の2度目の降級後も2期後にA級へ復
帰した。1986年に3度目に降級した後の1988年頃から引退を考え始めた。

1989年に、公式戦であるオールスター勝ち抜き戦で弟子の羽生善治と対
局して負けた際に最終的に引退を決意したと語っている。

[将棋連盟の役職]

1967年から1973年の間、連盟の理事の一人となって出版などを担当した
。勝負に集中するため1973年に辞任したが、将棋会館の建設問題が発生
した。理事会が不透明な形で計画を進めたことに対して多数の棋士が反
発し、二上は若手の代表として意見をまとめた。結果として1974年に当
時の理事会が全て辞職し、塚田が会長、副会長に大山と中原、二上が専
務理事となった。大山が建設担当となり東西に新しい将棋会館が建設さ
れた。

二上は理事として渉外を担当していたが、朝日新聞と契約していた名人
戦の1976年度の交渉が難航し、合意に至らず順位戦・名人戦は中止され
た。代わりに名人戦の設立時にスポンサーだった毎日新聞が契約候補と
なり、棋士総会で毎日との契約が決定した。契約問題の責任をとって塚
田理事会は総辞職し、新たに大山が会長に就任する際に二上は慰留を受
けたが断って辞職した。

1989年、12年続いた大山会長に対する不満が若手・中堅の棋士の間で高
まり、中原からの要請を受けて大山が最高顧問、二上が日本将棋連盟会
長となった。2002年まで14年間(歴代最長)に渡って会長を務めた。そ
の間に女流王位戦、大山名人杯倉敷藤花戦の創設や竜王戦などのタイト
ル戦における女流枠の設定による女流棋士戦の活性化と、国際将棋フォ
ーラムの開催による日本以外の国への普及活動を行った。

2016年11月1日、肺炎により死去。84歳没。

[棋風]

棋風は居飛車の攻め将棋。相掛かりガッチャン銀戦法は二上定跡として
有名である。守りが薄い状態で攻め込むため、展開の早い勝負になりや
すく、終盤の力で勝負した。木村14世名人は二上のスピードの早い将棋
を評価した。塚田は、自身の師匠である花田長太郎と塚田を足して2で割
った棋風と語った。大山によれば振り飛車を嫌っていたとされるが、自
身では対大山で経験を積んだため振り飛車の相手が苦にならなくなった
という。

上の世代の棋士は対局中につぶやいたり、歌を歌う等、相手を惑わせる
ことを日常的に行ったが、二上は盤上での勝負にこだわり盤外戦を行わ
なかった。二上だけでなく戦後の棋士達はそうした行為をしない傾向が
あった。

[人物]

二上は詰将棋作家でもあり、処女作品集「将棋魔法陣」等を出版してい
る。アマチュア時代の1948年に将棋世界に掲載されたことを初めとして
、50年以上の間に約1万題を作成した。スポーツ新聞では15年以上の間、
定期的に出題を行った。将棋ペンクラブ名誉会長。

若い頃はスピード昇級したため上の世代との対決が多かったが、2年年上
の熊谷達人は順位戦で競い、気が合った。同じ時期に奨励会を過ごした
山田道美もA級まで昇ったが、1970年に病死した。後輩の北村昌男、芹沢
博文は一緒に酒を飲む機会が多かった。詰将棋作家同士の縁から、内藤
國雄とも親しくなった。

約10人の弟子を取り、その中から棋士となったのは瀬戸博晴と羽生善治
の2名だけである。<抜粋>

        フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

二上達也の本
自己啓発書のベストセラー

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★☆「keiko通信 from NewYork」☆★

「トランプ新大統領誕生」

アメリカ合衆国在住の人が投票した結果、トランプ氏が大統領に決まり
ました。

名前の通り様々な国の人が住んでいるアメリカ、白人の世界が強かった
ということでしょうか?

しかしながら、日本と違いアメリカはテストを受けてお金も払って市民
権を取得した人に選挙権が与えられるのです。

もちろんアメリカで生まれた子供たちはどこの国出身であろうとアメリ
カのパスポートを得ることができます。

永住権だけの人や違法滞在者は今回の選挙に票を投じることはできませ
んでした。

どちらの立候補者も東洋人を好きではなく今後の政治が我々にどのよう
な影響を与えるのか一抹の不安を感じざるを得ません。

                      Keiko

※ニューヨークのkeikoさん、お帰りなさい♪
久しぶりの日本滞在を堪能されたようです。今日から再開です。
ニューヨークの最新情報、楽しみですね!

★ちょっと一言!

※皆さん、お元気ですか?

旭川は大雪に見舞われて毎日の除雪で大変です。例年よりも一ヶ月ほど
早いようです。まだ11月の中だというのに先が思いやられます。

大方の予想に反してトランプ氏が大統領という展開に驚いています。
現実的な政策を取ってくれるものと期待していますが、選挙運動中の悪
口雑言・誹謗中傷は一国のトップとしての資質に欠けるものといわざる
を得ません。それにしても史上最悪の大統領選でした。この結果をアメ
リカ国民の本音と考えるべきなのでしょうか?戦略としても、余りにも
酷いトランプ氏の言質に賛同して投票したのでしょうか?

・・・源太がいたら何と言うのでしょうか?
源太は我が家の愛犬でした。

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仕事をしながらメルマガを発行しようと決意したのは、そういう名言の数々
を一人でも多くの方々に紹介したいと思ったからです。
今までの仕事だけの人生に物足りなさを感じていたということもあります。

「生きることとは自分自身を表現することである!」と言ったのは誰だった
ろう?自分自身を表現することにより、ほんの少しでも周りの人たちを幸せ
にするお手伝いが出来れば望外の幸せです。

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皆さまからのご意見・ご感想をお待ちしています。

豊かで、より良き人生を共に歩んで行くことが出来ますように!

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