日本人の名言 鳥井信治郎

60何年、酒、酒、酒で苦労してきとる・・・ / 鳥井信治郎

投稿日:2014年11月14日 更新日:

Sponsored Links

2014.11.14-Vol.0654
—————————————————————–
■先人の知恵に学ぼう!驚くほど役に立つ「名言集」■
—————————————————————–
★今日の名言★
====================================================

六十何年、酒、酒、酒で苦労してきとる。

なんぼバカでも、六十年もやればものも分かりまっせ。

お金もちいとばかりはできまっせ。

<鳥井信治郎>

鳥井信治郎

====================================================

◆一口豆知識◆◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇広辞苑より◇◇◇◇

豪放磊落(ごうほうらいらく)・・・

豪放・・・気性が大きくてこせつかないこと。豪胆で放逸なこと。
磊落・・・気が大きく朗らかで小事にこだわらないさま。

====================================================

※喫煙室(雑談コーナー)

サントリーの創業者である鳥井信治郎氏の語録で特に有名な言葉があ
る。

「なんでもやってみなはれ、やらなわからしまへんで!」

鳥井の口癖だったという「なんでもやってみなはれ」・・・、この言
葉通りに自由奔放に発想し実際に行動し体現したのが鳥井自身だった
のである。

現在放映されているNHKの連続テレビ小説「マッサン」で玉山鉄二が演
じる主人公の亀山政春の師でありライバルとなる鴨居欣次郎(かもい
きんじろう)のモデルがサントリーの鳥井信治郎である。

私も毎朝楽しみに見ているが、番組で鳥井信治郎はユーモアに富み、
豪放磊落で抜群の実行力と行動力を兼ね備えた豪快な人物として描か
れている。

「マッサン」のモデルは、皆さんもご存じの通りニッカウィスキーの
創業者である竹鶴政孝である。

共に同時代を生き、当時絶対に無理だといわれていた国産初のウィス
キー作りに邁進し、熱き想いで苦難の連続を乗り越え夢を実現したの
である。

鳥井信治郎の経歴を見てみると、13歳で薬種問屋へ丁稚奉公に出され
た苦労人だが、早くも20歳で独立し鳥井商店を興している。

後に「寿屋洋酒店」に改名(その後、「株式会社寿屋」に改名)、ス
ペイン産の葡萄酒を販売したが売れなかったため、日本人の口にあう
「赤玉ポートワイン」を製造・販売に乗り出す。

これが大ヒットしたのである。

この資金を元手に本格的な国産ウィスキー作りを目指し、スコットラ
ンドでウィスキー作りを学んだ竹鶴政孝を招き山崎蒸留所を建設する
ことになる。

強烈な個性と卓越した能力を持つ二人の出会いがなければ・・・日本
の国産ウィスキーは?サントリーとニッカという日本が誇る国際的な
ブランドは未だ誕生していなかったことになる。

「なんでもやってみなはれ」というサントリー創業時の社風は今なお
引き継がれているという。

他にも次のような名言を残している。

「いくら広告しても、
肝腎の商品が上等のものでなかったら、あきまへん。
広告をするにも自信をもってできんし、
お得意さんのほうで、あれは宣伝ばっかしやといわれたら、
それでお仕舞いや。まずとび切りええもんをつくるこっちゃ」

☆——————————☆

鳥井信治郎

鳥井 信治郎(とりい しんじろう、1879年1月30日 – 1962年2月20日)
は、日本の実業家、サントリー創業者である。

[経歴]

・1879年 大阪の両替商・米穀商の鳥井忠兵衛の次男として生まれる。
・1890年(明治23年) 大阪商業学校(現・大阪市立大学)入学
・1892年(明治25年) 13歳で大阪道修町の薬種問屋小西儀助商店 (
現在の接着剤製造のコニシである。) へ丁稚奉公に出た。
このとき小西儀助商店で扱っていた洋酒についての知識を得たという。
・1895年(明治28年) 博労町の絵具・染料を扱う小西勘之助商店へ移る。
・1899年(明治32年) 20歳で大阪市西区で鳥井商店を起こした。
・1906年(明治39年) 「寿屋洋酒店」に改名。スペイン産の葡萄酒を
販売するが売れなかったため、日本人の口にあう「赤玉ポートワイ
ン」を製造し販売した。
・1921年(大正10年) 株式会社寿屋を設立。大正後期には「赤玉ポー
トワイン」が国内ワイン市場の60%を占めるまでに成長した。
・1923年(大正12年) 本格的なウイスキー生産を志し、ウイスキーの
本場スコットランドキャンベルタウンでウイスキー留学の経験のあ
る竹鶴政孝を招き大阪府島本村山崎にウイスキー蒸留所(山崎蒸溜
所)を建設。国産ウイスキーの製造を開始。
・1929年(昭和4年) 初の国産ウイスキーの「サントリーウイスキー
白札」(現在のサントリーホワイト)と「サントリーウイスキー赤
札」(現在のサントリーレッド)を発売。売れ行きは芳しくなく、
経営不振の為にスモカ歯磨の製造販売権や買収したビール事業を手
放すこととなった。
・1937年(昭和12年) 「サントリーウイスキー12年」(現在のサント
リー角瓶)を発売。この製品の成功により、サントリーのウイスキ
ー事業が軌道に乗ることになる。
・1940年(昭和15年)サントリーオールド誕生。戦時下により発売な
らず、10年後に世に出る。
・1940年(昭和15年)9月 長男の鳥井吉太郎が死去。
・1960年(昭和35年)サントリーローヤル発売。
・1961年(昭和36年) 寿屋の会長に就任。経営の第一線から退く。
・1962年(昭和37年)2月20日 急性肺炎で死去。享年83。

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

鳥井信治郎の本
自己啓発書のベストセラー

——————————

★☆「keiko通信 from NewYork」☆★

ニューヨークのkeikoさん、旅行中なので今回はお休みになります。
次回の「keiko通信 from NewYork」、お楽しみに♪

★ちょっと一言!

※皆さん、寒くなってきましたね^^;
お元気でしょうか?風邪などひいていませんか?

旭川では昨夜から冷え込みが厳しく、いよいよ本格的な冬の到来とい
ったところです。今朝は一面冬景色です。
源太はソファーで寝ていますzzz

源太は我が家の愛犬です。

Sponsored Links

-日本人の名言, 鳥井信治郎
-

執筆者:

「名言集」記事一覧

Sponsored Links