先人の知恵に学ぼう!驚くほど役に立つ「名言集」

驚くほど役に立つ「名言集」では、世界の名言・金言・格言・故事・ことわざをご紹介します。

ゆくりなく土中にみたる上代のメノコのすかた・・・ / 柳原白蓮

      2015/08/14

2014.09.19-Vol.0646
—————————————————————–
■先人の知恵に学ぼう!驚くほど役に立つ「名言集」■
—————————————————————–
★今日の名言★
=============================================

ゆくりなく

土中にみたる

上代の

メノコのすかた

おもひかなしも

<柳原白蓮>

=============================================

◆一口豆知識◆◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇広辞苑より◇◇◇◇

白蓮(びゃくれん)・・・

(1)白い蓮<はす>の花。
(2)心が潔白で汚れのないもの。

=============================================

※喫煙室(雑談コーナー)

NHKの連続テレビ小説「花子とアン」の視聴率が高いという。

私も楽しみに毎日見ているが、カナダの作家L・M・モンゴメリが1908
年に発表した長編小説モンゴメリの「赤毛のアン」を翻訳した村岡花
子女史が主人公である。

このテレビ小説に原作は無く、花子の孫の村岡理恵さんの書かれた「
アンのゆりかご 村岡花子の生涯」を原案として脚本家の中園ミホさ
んがオリジナルに書きあげたドラマである。

不思議なのは、中園氏の意向なのか登場人物には誰も悪人がいないと
いうことである。

花子の兄の憲兵としての行動や親友の蓮子を人間扱いしない夫の嘉納
伝介、しかし、その行動の裏に隠された人間としての弱さや隠された
暖かさなどの人間味に光を当てているところが脚本家、中園ミホさん
の真骨頂である。

花子の親友である大正天皇のいとこに当たる歌人 柳原白蓮(本名:
宮崎燦子-あきこ)は一度結婚した後、九州の炭鉱王と再婚するが東大
生の宮崎龍介と駈落ちすることになる。世に言う「白蓮事件」である。

以下、九州の炭鉱王、嘉納伝助に宛てた「燁子(白蓮)の絶縁状」を転
載させて頂く。

伝助の反論文も公開されているが、紙面の都合上ご容赦いただきたい。

※今日の「名言」は、白蓮が北海道の旭川や上川町などで講演した際
に、案内人が石狩川支流のメノコ沢に伝わるアイヌ民族の少女の悲恋
の物語を自作の詩と共に紹介し、それを元に白蓮がこの歌を詠んだそ
うである。(北海道新聞9/16日より)

——————————

※大阪朝日新聞紙上に掲載(大正10年(1921)10月22日発行夕刊)(絶
縁状の内容を知るのが目的のため、文章は読みやすいように旧仮名づ
かいを新仮名づかいに変更しています。

「燁子(白蓮)の絶縁状」

私は今あなたの妻として最後の手紙を差しあげます。今私がこの手
紙を差しあげるということはあなたにとって突然であるかもしれませ
んが、私としては当然の結果に外ならないのでございます。あなたと
私との結婚当初から今日までを回顧して、私は今最善の理性と勇気と
の命ずるところに従ってこの道を執るに至ったのでございます。
ご承知のとおり結婚当初からあなたと私との間には全く愛と理解と
を欠いていました。この因習的な結婚に私が屈従したのは私の周囲の
結婚に対する無理解と、そして私の弱小の結果でございました。しか
し私は愚かにもこの結婚を有意義ならしめ、でき得る限り愛と力とを
この内に見出していきたいと期待し、かつ、努力しようと決心しまし
た。
私が儚(はかな)い期待を抱いて東京から九州へ参りましてから今は
もう十年になりますが、その間の私の生活は唯やる瀬ない涙を以って
掩(おお)われまして、私の期待はすべて裏切られ、私の努力はすべて
水泡に帰しました。あなたの家庭は私の全く予期しない複雑なもので
ありました。私はここにくどくどしくは申しませんが、あなたに仕え
ている多くの女性の中には、あなたとの間に単なる主従関係のみが存
在するとは思えないものもありました。あなたの家庭で主婦の実権を
全く他の女性に奪われていたこともありました。それもあなたの御意
志であったことは勿論です。私はこの意外な家庭の空気に驚いたもの
です。こういう状態においてあなたも私との間に真の愛や理解のあり
よう筈がありません。私がこれらの事につきしばしば漏らした不平や
反抗に対して、あなたはあるいは離別するとか里方に預けるとか申さ
れました。実に冷酷な態度を執られた事をお忘れにはなりますまい。
また、かなり複雑な家庭が生むさまざまなできごとに対しても常にあ
なたの愛はなく、従って妻としての価(値)を認められない、私がどん
なに頼り少なく寂しい日を送ったかはよもやご承知ない筈はないと存
じます。
私は折々わが身の不幸を儚んで死を考えた事もありました。しかし
私はでき得る限り苦悩と憂愁とを抑えて今日まで参りました。その不
遇なる運命を慰めるものはただ歌と詩とのみでありました。愛なき結
婚が生んだ不遇とこの不遇から受けた痛手のために、私の生涯は所詮
暗い暮らしのうちに終わるものとあきらめたこともありました。しか
し幸いにして私にはひとりの愛する人が与えられ、そして私はその愛
によって今復活しようとしておるのであります。このままにしておい
てはあなたに対して罪ならぬ罪を犯すことになることを怖れます。最
早今日は私の良心の命じるままに不自然なる既往の生活を根本的に改
造すべき時機に臨みました。即ち、虚偽を去り真実につく時が参りま
した。よって、この手紙により私は金力を以って女性の人格的尊厳を
無視するあなたに永久の決別を告げます。私は私の個性の自由と尊貴
を守り、かつ、培(つちか)うためにあなたの許を離れます。長い間私
を養育下さった御配慮に対しては厚く御礼を申しあげます。
(二伸)
私の宝石類を書留郵便で返送いたします。衣類等は照山支配人への
手紙に同封しました目録どおりすべてそれぞれに分け与えてください
ませ。私の実印はお送りいたしませんが、もし私の名義となっている
ものがありましたら、その名義変更の為にはいつでも捺印いたします。
二十一日
燁子
伊藤伝右衛門様

☆——————————☆

柳原白蓮

柳原 白蓮(やなぎわら びゃくれん、1885年(明治18年)10月15日 –
1967年(昭和42年)2月22日)は、大正から昭和時代にかけての歌人。
本名は宮崎燁子(みやざきあきこ)、旧姓:柳原(やなぎわら)。

大正三美人の1人。白蓮事件で知られる。

父は柳原前光伯爵。母は前光の妾のひとりで、柳橋の芸妓となってい
た没落士族の娘奥津りょう。東京に生まれた。

大正天皇の生母である柳原愛子の姪で、大正天皇の従妹にあたる。
<後略>

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

柳原白蓮の本
自己啓発書のベストセラー

——————————

★☆「keiko通信 from NewYork」☆★

「ファッション・ウィーク」

恒例のメルセデス・ベンツNYファッションウイークがリンカーンセン
ターで開催されました。

はやくも来年の春、夏のファッションです。

日本人の庄治 正さん「タダシ」ブランド、オンワード樫山の婦人服
ブランド、ラコステなど今シーズンのテーマはヨットウエア、マリン
色です。

マンハッタンの6番街と7番街にあるビジネス街のベンチでは、デリカ
テッセンで買ったサラダにジュースのランチを食べる人たちがほとん
どです。(たっぷりのドレッシングにジュース、これで十分なのか、
ダイエット中なのか、時間がないなどの理由でみなさん少ない量のラ
ンチ)

何気なく見渡せば10人中8人がライトブルー系統のドレスシャツ(ワイ
シャツ)を着ていました。
Keiko

★ちょっと一言!

※皆さん、お元気ですか?

9月17日、旭岳に例年より9日早い初冠雪。
寒い日が続き、一昨日から朝晩はストーブを付けてます。一体どうな
ってるのでしょうね?

ところで、私の特技は、
1.いつでもどこでもすぐに寝られること。
2.すぐに忘れること。
3.・・・忘れました^^;
源太と同じです♪

今月・来月と忙しい日が続きそうです。

源太は我が家の愛犬です。

 - 日本人の名言, 柳原白蓮

スポンサードリンク

スポンサードリンク

Message

  関連記事