先人の知恵に学ぼう!驚くほど役に立つ「名言集」

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言葉というものには、強力な暗示力が固有されている・・・ / 中村天風

      2015/08/14

2014.06.13-Vol.0632
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■先人の知恵に学ぼう!驚くほど役に立つ「名言集」■
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★今日の名言★
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言葉というものには、強力な暗示力が固有されている。

従って特に積極的人生の建設に志す者は、

夢にも消極的の言葉を戯れにも口にしてはならないのである

<中村天風>

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◆一口豆知識◆◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇広辞苑より◇◇◇◇

暗示(あんじ)・・・

(1)別のものを示して、それとなく感づかせること。
(2)〔心〕感覚・観念・意図などが、理性に訴えることなく無意識
のうちに他人に伝達される現象。

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※喫煙室(雑談コーナー)

中村天風氏の名言を書きながら、何故か黄熱病や梅毒等の研究で世界
的に有名な細菌学者である野口英世の母の手紙を思い出していた。

「野口英世に宛てた母シカの手紙」

”おまイの しせにわ(出世)には みなたまけました
わたくしもよろこんでをりまする
はるになるト みなほカイド(北海道)に いてしまいます
わたしも こころぼそくありまする
ドカはやくきてくだされ
はやくきてくたされ はやくきてくたされ はやくきてくたされ
はやくきてくたされ
いしょ(一生)のたのみて ありまする
にしさむいてわ おかみ(拝み) ひかしさむいてわおかみ
しております
きたさむいてわおかみおります
みなみたむいてわおかんておりまする
はやくきてくたされ いつくるトおせて(教えて)くたされ
これのへんち(返事)ちまちてをりまする
ねてもねむられません”

<明治45年(1912年)母シカが英世に宛てた手紙より抜粋>

言葉には力があるという代表的な例である。

切々と帰省を待ちわびる心情を綴った年老いた母シカの切なる思いが
人々の心を打つのである。

事実、35歳の時に受け取った母の手紙に英世は心を打たれ何度も何度
も読み返したという。

その拙い手紙に、英世は母の必死さと深い愛情を感じ取ったのである。

中村天風氏の言葉に次のような名言がある。

「どんな場合にも
『こまった』『弱った』『情けない』『腹がたつ』『助けてくれ』
なんていう消極的な言葉を、絶対に口にしないことです」

言葉とは、その使い方一つで人を生かすことも傷つけたり殺してさえ
しまうほどの強力な力を秘めた厄介な道具である。

言葉という生き物は本当に難しいものである。

ところで、弱った心に自らを奮い立たせる言葉を皆さんはお持ちだろ
うか?

私の信条でもある「積極的・肯定的人生の実現」を歩む為にも消極的
な言葉や考えを避けたいものである。

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中村天風

中村 天風(なかむら てんぷう、1876年7月30日 – 1968年12月1日)は
日本の思想家、実業家、諜報員。日本初のヨーガ行者で、天風会を創
始し心身統一法を広めた。本名は中村三郎(なかむらさぶろう)。

[来歴]

「玄洋社の豹」

1876年(明治9年)、大蔵省初代抄紙局長の中村祐興の息子として豊島
郡王子村(現東京都北区王子)で出生。父祐興は旧柳川藩士で、中村
家は柳川藩藩主である立花家と遠縁にあたる。王子村や本郷で幼少を
過ごした後、福岡市の親戚の家に預けられ、修猷館中学(現・修猷館
高校)に入学。また立花家伝の六歳の時より家伝の随変流の修業を始
める。随変流は立花宗茂を流祖とし戦国時代に成立した流派で、剣術
と抜刀術をもつ。天風は後に随変流を極めることとなる。ちなみに、
「天風」という号は天風が最も得意とした随変流抜刀術の「天風」(
あまつかぜ)という型からとられたものである。

幼少期より官舎の近くに住んでいた英国人に語学を習い、修猷館では
オール英語の授業を行っていたため語学に堪能となり、また柔道部の
エースとして文武両道の活躍をするが、練習試合に惨敗した熊本済々
黌生に闇討ちされ、その復讐を行う過程で出刃包丁を抜いて飛びかか
ってきた生徒を刺殺してしまう。この件で正当防衛は認められたもの
の、修猷館を退学となった。その後、1892年(明治25年)に玄洋社の
頭山満のもとに預けられる 。

天風は玄洋社で頭角を現し、気性の荒さから「玄洋社の豹」と恐れら
れた。16歳の時に頭山満の紹介で帝国陸軍の軍事探偵(諜報員)とな
り満州へ赴き、大連から遼東半島に潜入し錦州城、九連城の偵察を行
う。日露戦争が迫った1902年(明治35年)には再度満州に潜入し、松
花江の鉄橋を爆破したり、仕込杖で青竜刀を持った馬賊と斬り合いを
演じるなどの活躍を見せ「人斬り天風」と呼ばれたという。1904年(
明治37年)3月21日にはコサック兵に囚われ、銃殺刑に処せられるとこ
ろであったが、すんでのところで部下に救出された 。その後天風は様
々な危険を乗り越え、無事目的地の大連に到着した。日露戦争に備え
て参謀本部が放った軍事探偵は合わせて113名いたが、そのうち生きて
大連に到着したのはわずか9名であった。

[求道の日々]

戦後は帝国陸軍で高等通訳官を務めていたが、1906年(明治39年)に
奔馬性(結核の症例の中で、急速に症状が進むもの。現代では「急速
進展例」と呼ばれる)の肺結核を発病。北里柴三郎の治療を受けたも
のの病状は思わしくなかった。その後1909年(明治42年)に作家オリ
ソン・スウェット・マーデン(en:Orison Swett Marden)の『如何に
して希望を達し得るか』を読んで感銘を受け、病気のために弱くなっ
た心を強くする方法を求めてアメリカへ渡る決意をする。しかし結核
患者には渡航許可が下りなかったため、親交のあった孫文の親類に成
りすまして密航する。

アメリカに渡った天風はマーデンを訪ねたがあまり相手にされず、願
いは果たせなかった。その後親戚筋にあたり、当時アメリカ公使館に
勤めていた芳澤謙吉の勧めで哲学者のカーリントン博士に面会したの
ち、華僑の学生に代わって授業に出席したのをきっかけにコロンビア
大学に入学し、自らの病の原因を尋ねて自律神経系の研究を行ったと
される。ヨーロッパではイギリスでH・アデントン・ブリュース博士(
en:Addington Bruce)に面会したのち、フランスでは大女優サラ・ベ
ルナールの家に居候したり、ドイツでハンス・ドリーシュと面会する
など数々の著名人を訪ねるが、いずれも納得の行く答えを得ることが
できなかった。

こうして天風は1911年5月25日に日本への帰路に就くが、その途中経由
地であったアレキサンドリアにてインドのヨーガの聖人であるカリア
ッパ師と邂逅。そのまま弟子入りしヒマラヤ第3の高峰カンチェンジュ
ンガ山麓にあるゴーク村で2年半修行を行う。この修行を通じて結核は
すっかり治癒し、さらに悟りを得るに至った。

1913年にインドを立ち日本へ向かうが、その途上で孫文の起こした第2
次辛亥革命に巻き込まれ、そのまま「中華民国最高顧問」として協力
。革命は挫折したものの、その謝礼として財産を得た。

[実業界、そして導師へ]

帰国後は時事新報の記者を務め、実業界に転身すると東京実業貯蔵銀
行頭取などを歴任し実業界で活躍していたが、1919年(大正8年)5月
末のある日、頭山に代わって公演を行っている最中に突然感じるとこ
ろがあり、頭山に相談した上で一週間の間に一切の社会的身分、財産
を処分して6月8日に「統一哲医学会」を創設。街頭にて心身統一法を
説き始める。その後、本部を芝公園内においた。

その後統一哲医学会は発展し、政財界の実力者も数多く入会するよう
になった。1940年(昭和15年)には「統一哲医学会」を「天風会」に
改称。1962年(昭和37年)3月には国の認可により「財団法人天風会」
となった。1968年(昭和43年)12月1日に天風は92歳でこの世を去った
。墓所は東京都文京区大塚の護国寺にある。2011年(平成23年)には
内閣府認定の公益財団法人に移行した。

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

中村天風の本
自己啓発書のベストセラー

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★☆「keiko通信 from NewYork」☆★

「ロングアイランドワイナリー」

マンハッタンからハイウェイを1時間半余り単調な景色を眺めながら
ワイナリーに到着。

手作りお弁当でおなかを満たし酔わない準備をして・・・
テスティングルームにて何種類か飲んだ後3箇所目で出会った美味し
いワイン、友人と迷わずこのワインを買って帰ろうと値段も確認しな
いで決めました。

キャッシャーで尋ねそれほど高くなく一安心。
80ドルというものもありました。

一緒に行ったEllenさんは「このワインは、あと5~6年は寝かせたほう
がいい」とまるでミュージシャン、俳優のGACKTさんのような評価の
できる人です。

彼女は夏にフランスのボルドー地方のワイナリーを旅するチケットを
すでに購入。

リムジンで来ているグループも何組か見かけました。ベッド、キッチ
ン付きの簡単なホテルもあり、一日たっぷり飲んで宿泊する人たちも
いるそうです。

悪酔いしない方法を教えてくれた友人の史世さんはかなりのワイン好
きで何度か宿泊してワイナリーを楽しまれているご家族です。

◎ワインを飲む前に少し濃い目の食塩水を飲んでおくこと。
◎少量のごま油を飲酒前後に飲むと酔いにくく二日酔い防止になる。

酔い方は個人差があるけれどアルコールが入りふんわりとした感覚と
お洒落なグラスに注がれたそれぞれのワイン、絵になる姿を眺めつつ
至福の時を過ごしました。
Keiko

■「まぐまぐ!かんたんクリック投票」メッセージより

メッセージ:
自分自身が思い悩み躊躇しているときにこの内容は役にたち、また救
われました。ありがとうございました。

※はぎわらさん、いつもご愛読有難うございます。
もの言わぬ読者の方が多い中で、こうしてメッセージを頂けるのは本
当に嬉しいものです。皆さんからのメッセージをお待ちしています。

★ちょっと一言!

※皆さん、お元気ですか?

何やら滅茶苦茶忙しい日が続いています。
その上、日赤の健診で異常が見つかったので二次検診を受けなければ
なりません。近くの内科で色々と精密検査を受けることにしました。

悪玉コレステロールが異常に高いので薬を飲まなければならないよう
です。19日には大腸カメラも受けることになりました・・・嫌です^^;
誰か代わって下さい・・・お願いします。お願いします!

源太は我が家の愛犬です。

 - 中村天風, 日本人の名言

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