先人の知恵に学ぼう!驚くほど役に立つ「名言集」

驚くほど役に立つ「名言集」では、世界の名言・金言・格言・故事・ことわざをご紹介します。

チャンスは皆に平等にある・・・ / 鈴木章

      2015/08/14

2014.05.23-Vol.0629
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■先人の知恵に学ぼう!驚くほど役に立つ「名言集」■
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★今日の名言★
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チャンスは皆に平等にある。

あとは努力や、注意深さや、熱心さがあるかだ。

<鈴木章>

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◆一口豆知識◆◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇広辞苑より◇◇◇◇

平等(びょうどう)・・・

かたよりや差別がなく、すべてのものが一様で等しいこと。

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※喫煙室(雑談コーナー)

「この発明で特許など取ると考えた事はない。
世界中でこの発明を使ってもらい役立つことが一番嬉しい」

「仕事を成功させるため、真剣に研究に対処し、
結果を把握し、一生懸命続ける。
そうしないと、幸運に恵まれない」

5月20日の火曜日に、旭川文化会館で開催された「旭川青年大学」でノ
ーベル化学賞を受賞された鈴木章北海道大学名誉教授の講演を聞く機
会に恵まれた。

友人が行けないので、「代わりに行って欲しい」ということで先月の
菅原文太氏の講演に続いて私が行くことになったのだ。

それまでのご自身の研究の経緯やノーベル賞授賞式の様子なども面白
いエピソードを交えて楽しく聞かせて頂いた。

鈴木博士が有機合成への道へ進む契機となった2冊の本があったそうで
ある。当時、米ハーバード大学のフィーザー教授の著した原書の
「Text of organic chemistry」を苦労して訳しながら33回以上も読ま
れたそうである。

80歳を超えているとは思われぬほどお元気で凛とした話しぶりに感動
を覚えると共に非常に柔和な印象の中にも研究に対して確固とした信
念をお持ちの方だとお見受けした。

「日本の国土には見るべきほどの資源が存在しません。このことは明
治時代からまったく変わらない前提条件です。となると、科学技術を
駆使して、他の国ではできそうにないような付加価値の高い製品をつ
くり、世界中の人々の買っていただく。それ以外に日本が生き延びて
いく道はありません。したがって、日本は今後も科学や教育に力を注
がなければなりません。財政が苦しいからといって、科学や教育の予
算を大幅に縮減するとしたら、それは国の将来を危うくします。」

ノーベル賞授賞式に出られた思い出なども楽しく聞かせて頂いたが、
講演の後の質問で、「順風満帆に見える先生の人生に挫折は無かった
のか?」という質問に、「研究は挫折の連続で失敗は当たり前。深刻
に考えず気楽に生きる」と答えられた鈴木博士に笑いと拍手が沸き起
こったのが印象的だった。

野口英世の生家の床柱に、「志を得ざれば再びこの地を踏まず」とい
う文字を刻まれていたのを思い出した。

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鈴木章

鈴木 章(すずき あきら、1930年9月12日 – )は、日本の化学者。学
位は理学博士。称号は北海道大学名誉教授、むかわ町特別名誉町民。
日本学士院会員。北海道胆振総合振興局管内鵡川町(現むかわ町)出
身。北海道江別市在住。1979年、芳香族化合物の合成法としてしばし
ば用いられる反応の一つである「鈴木・宮浦カップリング」を発表、
金属のパラジウムを触媒として、炭素同士を効率よくつなげる画期的
な合成法を編み出したことで2010年にノーベル化学賞を受賞した。

[経歴・人物]

1930年(昭和5年)北海道鵡川村(現むかわ町)に生まれる。家業の理
髪店が父の急死により店じまいし、母が衣類の行商をしながら学費を
捻出して、自身も働きながら大学を卒業した苦学生であった。むかわ
町内には現在弟夫婦が暮らしており、シシャモの販売店を営んでいる。

鵡川国民学校(いまの鵡川中央小学校)から旧制中学に進み、苫小牧
高等学校(現北海道苫小牧東高等学校)、北海道大学理学部化学科卒
業。1959年(昭和34年)北海道大学大学院理学研究科化学専攻博士課
程修了後、北海道大学理学部助手に就任。1960年(昭和35年)、「ヒ
ドロフェナンスレン誘導体の合成」で理学博士号を取得。1961年(昭
和36年)には北海道大学工学部合成化学工学科の助教授となり、1973
年(昭和48年)より同大学工学部応用化学科の教授となった。

北海道大学での勤務は、理学部で2年半、工学部で32年半におよんだ。
途中、1963年(昭和38年)から1965年(昭和40年)までの3年間(実質
的には2年弱)、アメリカ合衆国インディアナ州のパデュー大学のハー
バート・ブラウンのもとで有機ホウ素化合物の研究を行う。このとき
の経験が、当時助手だった宮浦憲夫(現在、北海道大学特任教授)と
のカップリング反応の研究に活かされ、1979年(昭和54年)発表の鈴
木・宮浦カップリングの発見につながった。尚、ノーベル賞受賞後に
、根岸氏と共に北海道大学触媒化学研究センター・特別招聘教授に就
任。

1988年(昭和63年)5月にはイギリスのウェールズ大学の招聘教授に就
任している。1994年(平成6年)3月に北海道大学を定年退官。4月、同
大学の名誉教授となり、同時に岡山理科大学教授、1995年(平成7年)
4月からは倉敷芸術科学大学教授を務めたが、2002年(平成14年)に退
職した。この間、2001年(平成13年)にはパデュー大学の招聘教授を
、退職後の2002年9月には台湾中央科学院と国立台湾大学の招聘教授を
務めている。2009年(平成21年)には、イギリス化学会特別会員に選
ばれた。

2004年(平成16年)3月12日、「パラジウム触媒を活用する新有機合成
反応の研究」に関する貢献により、日本学士院賞を受賞した。

2010年(平成22年)10月6日、スウェーデン王立科学アカデミーよりノ
ーベル化学賞受賞が発表された。本人には6日午後6時25分ころ、ノー
ベル財団からの自宅への電話で伝えられた。根岸英一米パデュー大学
特別教授、リチャード・ヘック米デラウェア大学名誉教授との共同受
賞であった。このノーベル賞受賞の功績により、平成22年度文化功労
者に選出されると同時に文化勲章を受章することも決定した。

2011年(平成23年)12月12日、日本学士院会員に選出された。

<後略>

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

鈴木章の本
自己啓発書のベストセラー

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★☆「keiko通信 from NewYork」☆★

-不思議に思うこと-

アメリカのコーポ、コンドなども含めて入り口と廊下に段差がないのが
通常のビルの作りです。日本では部屋に入るとき必ずお玄関で靴を脱
ぐ習慣、アメリカ人はほとんどの人が靴を履いたまま入るのです。

「靴を脱いでください」とお願いすれば手を使って靴を脱ぎ、なぜか
右左反対に揃えて置く。(土踏まず側が外になる置き方)これは特別な
理由、意味があるとは思われませんが・・・

また、とんでもない方向に投げ捨てたように靴を脱ぐ人もいます。

国際結婚をされた沖縄出身の友人が床に落ちたものを足の指で拾い上
げたら、アメリカ人のご主人が驚いて「そんなことができるのか?」
と試したそうですが無理でした。

きっと日本人は鼻緒のある履物に慣れているから器用に足で拾い上げ
ることができるのでしょう。

高校時代英語の先生がカンニング防止に辞書等を机の下に置いてテス
トを始めたら足で辞書を捲った生徒がいたと仰いました。

彼はソックスを履いていなかったのでしょうか?

Keiko

■「まぐまぐ!かんたんクリック投票」メッセージより

※水林保治さんからメッセージを頂きました。
水林さん、いつもご愛読ありがとうございます。

メッセージ:
楽しく読ませていただきました。
知らないことばかりで、参考になります。
今後ともよろしく、お願いします。
旭川は、行きたいところですが、高齢になり行けませんが、
メール楽しみにしています。

★ちょっと一言!

※5月20日に源太9歳の誕生日を迎えました。良く吠えるオスのポメラ
ニアンです。私に似たのかよく噛みつくきかないワンちゃんですが、
可愛くて仕方がありません。

ちょっと恥ずかしかったのですが、記念にフォトスタジオで還暦祝い
の写真を撮ってきました。私は赤いブレザー、愛妻は赤いドレスを着
て・・・^^;

源太は我が家の愛犬です。

 - 日本人の名言, 鈴木章

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