先人の知恵に学ぼう!驚くほど役に立つ「名言集」

驚くほど役に立つ「名言集」では、世界の名言・金言・格言・故事・ことわざをご紹介します。

わたしは無駄にこの世に生れてきたのではない・・・ / 相田みつを

      2015/08/14


2013.10.11-Vol.0596
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■先人の知恵に学ぼう!驚くほど役に立つ「名言集」■
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★今日の名言★
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 わたしは無駄にこの世に生れてきたのではない。

  また人間として生れてきたからには無駄にこの世を過したくはない。

 私がこの世に生れてきたのは

  私でなければできない仕事が何か一つこの世にあるからなのだ。

 それが社会的に高いか低いかそんなことは問題ではない。

  その仕事が何であるかを見つけ、

   そのために精一杯の魂を打ち込んでゆくところに

    人間として生れてきた意義と生きてゆくよろこびがあるのだ。

              <相田みつを>

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◆一口豆知識◆◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇広辞苑より◇◇◇◇

無駄・徒(むだ)・・・

役に立たないこと。益のないこと。また、そのもの。

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※喫煙室(雑談コーナー)

10月1日午前11時半ごろ、JR横浜線の踏切で何とも痛ましい事故が起き
てしまった。

遮断機の下りた踏切内に倒れている男性を助けようとした村田奈津恵
さんが、電車にはねられ全身を強く打って死亡した事故である。

村田さんが自らの死を賭して助けた男性は、鎖骨骨折などの重傷を負
って入院しているという。

事故の詳細は語りつくされた感があるので、皆さんも良くご存じだと
思う。

今日は、踏切で74歳の男性を助けようとした村田さんの行動を検証し
てみようと思う。

自分の命も顧みず他者の命を助けようとした行動が称賛されているが
、この自己犠牲の上に成り立った今回の行動は勿論誰も批判すること
は出来ないだろう。

もし、皆さんが同じ現場にいたとしたら・・・あなたはどんな行動を
取るのだろうか?

難しい選択だが、列車が目の前に迫っている状況下ではほとんど全て
の方がただ黙って見ているだけの行動しか取れなかったのではないだ
ろうか。

父親の説明するように、それほど逼迫し差し迫った状況だったのであ
る。

列車がすぐそばに来ている状況で、何とか男性を助けようとした行動
は称賛されるべきものである。

多分、我を忘れて・・・とはこういうことを指すのだろう。

安倍晋三総理までもが、「真の勇気ある行動」と感謝状を贈ることに
なるのだが、皆さんは称賛一色に染まった今回の行動をどう考えてい
るのだろうか?

私は、批判を恐れずに敢えて異論を述べさせてもらおうと思う。

救助とは、まず自己の安全の確保がまず第一条件であること。
これが大前提だと思うのである。

救助される者が助かり、救助する人間が命を落としてしまうという今
回の事故の結末に、私は悔しくてたまらないのだ。

彼女の判断に間違いは無かったのか?

勿論、彼女はそんなことを考える余裕も無く、ただ死の迫った人間を
救出することだけを考えて必死に行動したのだ。

しかし、私はそれでも彼女の判断は間違っていたと指摘したいのであ
る。

その判断の是非はともかくとして、何とも理不尽な今回の結末に私は
悔しくてならないのだ。

       ☆——————————☆

相田みつを

相田 みつを(あいだ みつを、本名:相田 光男、雅号:貪不安(ド
ンフアン)、1924年5月20日 – 1991年12月17日)は、日本の詩人・書
家。平易な詩を独特の書体で書いた作品で知られる。書の詩人、いの
ちの詩人とも称される。

[生い立ち]

1924年、栃木県足利市に生まれた。生家は名刹、鑁阿寺(ばんなじ)
の東に位置していた。旧制栃木県立足利中学校在学中に書や短歌、絵
に親しんだが、喫煙の濡れ衣をきせられ軍事教練の教官に嫌われたた
めに進学を断念。卒業後は歌人・山下陸奥に師事した。1942年、歌会
で生涯の師となる曹洞宗高福寺の武井哲応と出会い、在家しながら禅
を学んだ。1943年、書家を志して岩沢渓石に師事、本格的に書の修行
を積んだ。1953年、関東短期大学夜間部国文科卒。

[創作活動]

相田は書の最高峰のひとつとされる毎日書道展に1954年から7年連続
入選するなど、技巧派の書家として出発した。1947年の「鄭文公碑臨
書」で古典的な書における実力を示す一方、1950年に栃木県芸術祭書
道中央展に出品した「宿命」では、伝統的な書道界に対する複雑な思
いを詩文書の形で吐露。専門家でなければ理解しにくい書のあり方に
疑問を抱き、「書」と「詩」の高次元での融合を目指すようになり、
三十歳のころ、独特の書体で、短く平易な自らの言葉を書く作風を確
立した。1954年、最初の個展を足利市で開催。個展はその後も足利市
などで毎年開催されるようになった。1955年ろうけつ染めを学び、書
道教師ではなく、ろうけつ染めや地元商店からデザインを請け負うな
どして生計を立てていたが、1974年、紀野一義のベストセラー『生き
るのが下手な人へ』で紹介され、さらに1984年、詩集『にんげんだも
の』出版が契機となり、広く知られるようになった。『にんげんだも
の』はその後ミリオンセラーとなり、つづく第2詩集の『おかげさん
』(1987年)も約25万部のベストセラー、地位を確立した。

1991年、道でころんで足を骨折し、足利市内の整形外科に入院したが
、脳内出血と診断され、それが原因となり急逝。最期まで仕事への意
欲は衰えず、「一文字を書いた大作だけを集めた展覧会を開きたい」
というのが、長男・一人との最期の会話になった。享年68(数え年)。

作品に対して妥協を許さず、「逢」というたった一文字を書くために
何百枚何千枚と紙を無駄にしたり、印刷のわずかなズレや墨の色の微
妙な違いから印刷済みの色紙千枚がボツになったこともあったという。
挫折を乗り越えてつくりあげられた作品には自らの実生活が重ね合わ
されているのが特徴である。

 つまづいたって
  いいじゃないか
   にんげんだもの

    みつを -相田みつを(「にんげんだもの」より)

        フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

相田みつをの本
自己啓発書のベストセラー

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★☆「keiko通信 from NewYork」☆★

街路樹の葉も色づき始め、ようやく涼しくなり窓からの自然な風が心
地良く感じるこの頃です。

秋の味覚!美味しいものがたくさん並ぶ季節になりました。フルーツ
狩りも今が旬。ピーチ、りんご、なし狩りが近郊で楽しむことができ
ます。日本のフルーツ農園のように一つ一つ丁寧に袋はかけてありま
せん。大小さまざまなサイズのりんごですが豊富な種類に驚くばかり
です。

ゴールデンデリシャス、レッドデリシャス、ジョナゴールド、エンパ
イヤ、ガラ、マッキントッシュ、コートランド、グラニースミス、フ
ジ、ピンクレディー、ハニークリスプ、ローマビューティー、インペ
リアル、ジンジャーアップル・・・・と食べたりんごの名前がこれほ
どたくさんあります。

農園では作りたての美味しいアップルサイダーなども売られています。
焼きりんご、アップルパイ、アップルソースを作るのが定番のようで
すが、アメリカ人は皮をむかないでそのままかじって食べる人が多い
です。
                    Keiko

★ちょっと一言!

※本州は台風の影響で、この季節にしては異常な高温が続いているよ
うですね。皆さん、お元気でしょうか?

ストーカー殺人や虐待死の事件など、暗い世相を反映して年末に向け
て様々な事件が暗い影を落としています。

皆さんは、心とからだを健康に保つ努力をしていますか?

私も今月一杯は仕事が忙しくて余裕がありません^^;

家に帰るとホッとします。
愛妻と源太が迎えてくれます。

源太は我が家の愛犬です。

 - 日本人の名言, 相田みつを

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