日本人の名言 津田梅子

光を見る目、永遠の真理を知る洞察力・・・ / 津田梅子

投稿日:2019年4月19日 更新日:

2019.04.19-Vol.0887
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■先人の知恵に学ぼう!驚くほど役に立つ「名言集」■
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★今日の名言★
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 皆さんのひとりひとりが

 「光を見る目、永遠の真理を知る洞察力、

   憐れみともっとも優しい慈悲に満ちた心、闇を照らす信仰」

    をもちますように。

              <津田梅子>

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◆一口豆知識◆◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇広辞苑より◇◇◇◇

慈悲(じひ)・・・

(1)仏・菩薩が衆生をあわれみ、いつくしむ心。一説に、衆生に楽を
   与えること(与楽)を慈、苦を除くこと(抜苦)を悲という。特
   に大乗仏教において、知恵と並べて重視される。
(2)いつくしみあわれむ心。なさけ。慈悲心。

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※喫煙室(雑談コーナー)

先週号にも書いた通り、2024年度から新紙幣が発行されることになった
が、1万円札は渋沢栄一、5千円札には今日の名言に出てくる「女性教育
の先駆者」で「津田塾大の創始者」である津田梅子、千円札には北里柴
三郎が選ばれた。

「国立印刷局」が紙幣を印刷して市場に出回ることになるが、この印刷
局職員の身分は国家公務員である。

紙幣の細かい原画は印刷局の工芸官が担当しているが、驚くほど緻密で
繊細な技術を要する熟練の作業である。

今回の5千円札の津田梅子の紙幣は原画とは逆向きで反転していることが
話題になっている。どういう経緯で反転したのか定かではないが、特に
問題はないそうである。

因みに、国立印刷局の初代局長は渋沢栄一である。

以下、Wikiより抜粋

「国立印刷局は、紙幣・切手・印紙・旅券・郵便貯金通帳・証券類・政
府刊行物などの印刷を主な業務とし、印刷部門が担当している。その他
に、製紙部門、出版部門、研究開発部門などがある。製紙部門では紙幣
・切手・印紙・旅券などに使用する各種用紙の製造を行っており、出版
部門では、官報・法令全書・白書などの政府刊行物の編集や製造を行っ
ている。また、研究開発部門では、偽造防止技術などの研究開発を行っ
ている。デザイン専門の工芸官は、主に紙幣のデザインにあたっている
。 また国立大学の二次試験も印刷している。 また、付属施設として国
立印刷局東京病院の運営も行っていたが、2013年4月に社会医療法人社団
正志会へ移譲された。」

         ☆—————————————-☆

津田梅子

津田 梅子(つだ うめこ、元治元年12月3日(1864年12月31日) – 昭和
4年(1929年)8月16日)は、日本の教育者。日本における女子教育の先
駆者と評価される。女子英学塾(のちの津田塾大学)創立者。

初名はうめ(「むめ」と書いた)で、明治35年(1902年)に漢字表記に
改めて「梅子」とした。

[略歴]

梅子は、津田仙(旧幕臣・東京府士族・下総佐倉藩出身)・初子夫妻の
次女として、江戸の牛込南御徒町(現在の東京都新宿区南町)に生まれ
た。 父・仙は幕臣であったため、幕府崩壊とともに職を失ったが、明治
2年(1869年)に築地のホテル館へ勤めはじめ、津田家は一家で向島へ移
った。仙は西洋野菜の栽培なども手がけ、幼少時の梅子は手習いや踊な
どを学び、父の農園の手伝いもしている。

[アメリカ留学]

明治4年(1871年)、仙は明治政府の事業である北海道開拓使の嘱託とな
り、津田家は麻布へ移る。開拓使次官の黒田清隆は女子教育にも関心を
持っていた人物で、仙は黒田が企画した女子留学生に梅子を応募させ、
同年、岩倉使節団に随行して渡米。5人のうち最年少の満6歳であった。
11月に横浜を出港し、サンフランシスコを経て、同年12月にワシントン
へ到着。

アメリカではジョージタウンで日本弁務館書記で画家のチャールズ・ラ
ンマン (英語版)夫妻の家に預けられる。5月には森有礼の斡旋で、留
学生はワシントン市内に住まわされるが10月には2名が帰国した。残った
3人が梅子、山川捨松(のちの大山捨松)、永井繁子(のちの瓜生繁子)
である。この3人は生涯親しくしており、梅子がのちに「女子英学塾」(
現在の津田塾大学)を設立する際に二人は助力する。

梅子は再びランマン家に預けられ、十数年を過ごすことになる。梅子は
英語、ピアノなどを学びはじめ、市内のコレジエト・インスティチュー
トへ通う。日本へ宛てる手紙も英文で書くようになる。この頃にはキリ
スト教への信仰も芽生え、ランマン夫妻には信仰を薦められていないが
、明治6年(1873年)7月には特定の宗派に属さないフィラデルフィアの
独立教会で洗礼を受ける。

明治11年(1878年)にはコレジエト校を卒業し、私立の女学校であるア
ーチャー・インスティチュートへ進学。ラテン語、フランス語などの語
学や英文学のほか、自然科学や心理学、芸術などを学ぶ。また、ランマ
ン夫妻に連れ添われて休暇には各地を旅行している。明治14年(1881年
)には開拓使から帰国命令が出るが、在学中であった山川捨松と梅子は
延長を申請し、明治15年(1882年)7月に卒業。同年11月には日本へ帰国
する。

[帰国後の活動]

梅子らは帰国したものの、儒学の価値観が色濃く残る日本においては女
子留学生の活躍できる職業分野にも乏しく、山川捨松と永井繁子はそれ
ぞれ軍人へ嫁した。また、幼少からの長い留学生活で日本語能力はむし
ろ通訳が必要なほどになってしまい、日本的風習にも不慣れであった。

明治16年(1883年)には、外務卿・井上馨の邸で開かれた夜会に招待さ
れ、伊藤博文と再会し、華族子女を対象にした教育を行う私塾・桃夭女
塾を開設していた下田歌子を紹介される。このころ父・仙との確執もあ
ったことから、梅子は伊藤への英語指導や通訳のため雇われて伊藤家に
滞在、歌子からは日本語を学び、「桃夭女塾」へ英語教師として通う。

明治18年(1885年)には伊藤に推薦され、学習院女学部から独立して設
立された華族女学校で英語教師として教えることとなった。明治19年(
1886年)には職制変更で嘱託となる。

梅子は華族女学校で3年余り教えているが、上流階級的気風には馴染めな
かったと言われ、この頃には何度か薦められていた縁談も断っている。
やがて梅子は「二度と結婚の話はしないでください。話を聞くだけでも
うんざりです」と手紙にしたためたほど、日本の結婚観に辟易して生涯
未婚を誓う。明治21年(1888年)には、留学時代の友人アリス・ベーコ
ンが来日し、彼女に薦められて再度の留学を決意。父の仙の知人で、日
本の商業教育に携わっていたウィリアム・コグスウェル・ホイットニー
の娘・クララの仲介で留学希望を伝えて学費免除の承諾を得て、校長の
西村茂樹から2年間の留学を許可される。明治22年(1889年)7月に再び
渡米。

[ふたたび留学]

当時は進化論においてネオ・ラマルキズムが反響を呼んでおり、梅子は
フィラデルフィア郊外のリベラル・アーツ・カレッジ、名門女子大学群
セブンシスターズの名門ブリンマー・カレッジ (英語版) で生物学を
専攻する。3年間の課程を切り上げて終了させ、留学2年目には蛙の発生
に関する論文を執筆。使命であった教授法に関する研究は州立のオズウ
ィゴー師範学校で行う。

梅子に留学を勧めたアリス・ベーコンは日本習俗に関心を持ち、日本女
性に関する研究をしていた。ベーコンがアメリカへ帰国し、研究を出版
(『日本の女性』)する際には手助けをしている。これは梅子が日本の
女性教育に関心を持つきっかけになったとも言われており、留学を一年
延長すると、梅子は日本女性留学のための奨学金設立を発起し、公演や
募金活動などを行う。

[教育者として]

大学からはアメリカへ留まり学究を続けることを薦められるが、明治25
年(1892年)8月に帰国。再び華族女学校に勤める。梅子は教師生活を続
けるが、自宅で女学生を預かるなど積極的援助を行い、明治27年(1894
年)には明治女学院でも講師を務める。

明治31年(1898年)5月、女子高等師範学校教授を兼任する。成瀬仁蔵の
女子大学創設運動や、明治32年(1899年)に高等女学校令、私立学校令
がそれぞれ公布されて法整備が整い、女子教育への機運が高まると、明
治33年(1900年)に官職を辞する。父の仙やアリス・ベーコン、大山捨
松、瓜生繁子、桜井彦一郎らの協力者の助けを得て、同年7月に「女子英
学塾」(現在の津田塾大学)の設立願を東京府知事に提出。認可を受け
ると東京麹町区に開校し、塾長となり、華族平民の別のない女子教育を
志向して、一般女子の教育を始める。

女子英学塾は、それまでの行儀作法の延長の女子教育と違い、進歩的で
自由なレベルの高い授業が評判となる(ただし、当初はあまりの厳しさ
から脱落者が相次いだという)。独自の教育方針を妨害されず貫き通す
ため、資金援助は極めて小規模にとどめられ、梅子やマラらの友人はは
じめ無報酬で奉仕していたものの、学生や教師の増加、拡張のための土
地・建物の購入費など経営は厳しかったと言われる。明治36年(1903年
)には専門学校令が公布され、塾の基盤が整うと申請して塾を社団法人
とする。

梅子は塾の創業期に健康を損ない、塾経営の基礎が整うと大正8年(191
9年)1月に塾長を辞任する。鎌倉の別荘で長期の闘病後、昭和4年(192
9年)に脳出血のため64歳で死去する。生涯独身を貫いた。墓所は、東京
都小平市に在る津田塾大学の構内にある。

女子英学塾は津田英学塾と改名するも、校舎は後に戦災で失われ、津田
塾大学として正式に落成・開校したのは梅子没後19年目の昭和23年(19
48年)のことである。

[紙幣肖像に採用]

2024年上半期を目処に執行される予定の紙幣改定に於いて、五千円紙幣
に梅子の肖像が使用されることが決まった。

[日本婦人米国奨学金制度]

アメリカ留学中に日本の実情を訴える公演などで寄付金8000ドルを集め
、1891年に「日本婦人米国奨学金制度」を設立し、帰国後、制度を利用
して計25人の日本女性をアメリカに留学させた。第一号受給者として18
93年に渡米した松田道(1868-1956)は1899年にブリンマー・カレッジを卒
業し、1922(大正11)年に同志社女子高等学校校長となった。

このほか、河井道(恵泉女学園創立者、ブリンマー・カレッジ1904年卒)
、鈴木歌(華族女学校教授、ブリンマー・カレッジ1904-1906年)、木村文
子(東京女子師範学校教授)、星野あい(津田塾大学学長、ブリンマー・カ
レッジ1912年卒)など、この制度で留学した多くが女子教育の指導者と
なった。また、梅子の母校であり、奨学金留学生を受け入れたブリンマ
ー・カレッジの卒業生には、レオニー・ギルモアなど、日本で英語教師
となった者もいる。<以下略>

        フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

津田梅子の本
自己啓発書のベストセラー

         ☆—————————————-☆

★☆「keiko通信 from NewYork」☆★

「オレンジのようなレモン」

MEYER LEMONS
THE “SWEETER”LEMON
皮がオレンジ色の珍しいレモンを買ってみました。

Product of USAですが、調べてみると農務省職員のフランク・ニコラス
・マイヤーさんが中国から導入したと。

レモンとマンダリンオレンジを掛け合わせたものらしいですが、とても
マイルドでレモンの酸っぱさが感じられません。

サンキストレモンのほうが殺菌作用も効果大のようで私は普通のレモン
が好みです。
                  Keiko

★ちょっと一言!

※皆さん、お元気ですか?「名言集」の宮口です。

今日は19日の金曜日、昨日このメルマガを予約投稿しました。

腰痛が酷く薬の効かない状態が続いていましたが、MRI検査で腰椎に(
先生の言葉によると)巨大な椎間板ヘルニアが見つかりました。このメ
ルマガが届く時間には全身麻酔で手術を受けている頃だと思います。
手術後1週間で退院の予定です。

・・・次回のメルマガをお楽しみに♪

★皆さんのメールが何よりの励ましです。
出来る限り、お返事は差し上げますのでお気軽にメールして下さい。
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編集後記+++++++++++++++++++++++++++++

世の中には人間の一生をも左右してしまうような、心の底から魂を揺さぶら
れるような素晴らしい金言や格言が数多くあります。
あなたも辛い時や悲しい時、何気ない一言で勇気づけられた経験はないだろ
うか?

仕事をしながらメルマガを発行しようと決意したのは、そういう名言の数々
を一人でも多くの方々に紹介したいと思ったからです。
今までの仕事だけの人生に物足りなさを感じていたということもあります。

「生きることとは自分自身を表現することである!」と言ったのは誰だった
ろう?自分自身を表現することにより、ほんの少しでも周りの人たちを幸せ
にするお手伝いが出来れば望外の幸せです。

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ここまでお読み頂きありがとうございます。
皆さまからのご意見・ご感想をお待ちしています。

豊かで、より良き人生を共に歩んで行くことが出来ますように!

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