トーマス・エジソン 外国人の名言

私は失敗したことがない・・・ / トーマス・エジソン

投稿日:

2019.03.08-Vol.0881
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■先人の知恵に学ぼう!驚くほど役に立つ「名言集」■
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★今日の名言★
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 私は失敗したことがない。

  ただ1万通りの上手くいかない方法を見つけただけだ。

              <トーマス・エジソン>

 I have not failed. I’ve just found 10,000 ways that won’t work.

              <Thomas Edison>

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◆一口豆知識◆◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇広辞苑より◇◇◇◇

発明(はつめい)・・・

(1)物事の正しい道理を知り、明らかにすること。
(2)新たに物事を考えだすこと。
(3)機械・器具類、あるいは方法・技術などをはじめて考案すること。
(4)かしこいこと。特に子供で頭の回転が早くかしこいさま。
   利発。聡明・怜悧(れいり)

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※喫煙室(雑談コーナー)

生涯に約1,300もの発明を行ったアメリカの発明家・起業家であり、「発
明王」「映画の父」とも言われている。

<エジソンの三大発明>
1877年:音を記録し再生する蓄音機(フォノグラフ)の発明に成功。
1880年:京都の竹フィラメントを用いて、白熱電球の長寿命化。
1889年:動画撮影機キネトグラフを発明。

「電球の発明」が知られているが、実は電球のような家電を含めて発電
から送電まで電気の事業化に成功したことが最も大きな功績であるとい
われている。

意外と知られていないのが、ゼネラル・エレクトリック(GE)の社長で
もあったということである。

以下、トーマス・エジソンの数多くの名言の中から抜粋してご紹介しよ
う。まさに「努力の人」である。

★人生に失敗した人の多くは、
 諦めたときに
 自分がどれほど成功に近づいていたか気づかなかった人たちだ。

★ほとんどすべての人間は、
 もうこれ以上アイデアを考えるのは
 不可能だというところまで行きつき、
 そこでやる気をなくしてしまう。
 勝負はそこからだというのに。

★より良い方法は、常に存在している。

★私たちの最大の弱点は諦めることにある。
 成功するのに最も確実な方法は、
 常にもう一回だけ試してみることだ。

★もし我々が自分にできることを全て実行すれば、
 自分自身に対して文字通りびっくりすることだろう。

★まず世界が必要としているものを見つけ出す。
 そして、先へ進み、それを発明するのだ。

★成功に不可欠なのは、
 肉体的にも精神的にも疲労を溜めずに、
 ひとつの問題にエネルギーを注ぎ込める能力である。

★作ったものが計画通りに機能しないからといって、
 それが無駄とは限らない。

★私は失敗したことがない。
 ただ、1万通りの、うまく行かない方法を見つけただけだ。

★わたしは、決して失望などしない。
 どんな失敗も、新たな一歩となるからだ。

★天才とは、1%のひらめきと99%の努力である。

★待っている間もがんばる人にすべてのものはやってくる。

★私が成功することができたのは、
 仕事場に時計がなかったおかげである。

★首から下で稼げるのは1日数ドルだが、
 首から上を働かせれば無限の富を生み出せる。

★最上の思考は孤独のうちになされ、
 最低の思考は混乱のうちになされる。

★私は一日たりとも、いわゆる労働などしたことがない。
 何をやっても楽しくてたまらないからだ。

★完全に満足しきった人がいたら、それは落伍者だ。

★発明のためには、優れた想像力とがらくたの山が必要だ。

★われわれが何かを成し遂げようとしているとき、ルールなどない。

★権威ある本といっても、すべては人の書いたものだ。

★売れないものは発明したくない。
 売れることが実用性の証明であり、
 実用性が成功を意味する。

★われわれは何事についても1パーセントの100万分の一も知らない。

★ほとんどの人がチャンスを逃す理由は、
 チャンスは作業着を着て、大変そうに見えるからだ。

★失敗したわけではない。
 それを誤りだと言ってはいけない。
 勉強したのだと言いたまえ。

★成功できる人っていうのは、
 「思い通りに行かない事が起きるのはあたりまえ」
 という前提を持って挑戦している。

★私はこれまで、
 偶然のひらめきで、価値ある発明をしたことなど一度もない。
 全ての発明というのは、
 その発明に関わった人の
 想像を絶するような熱意が注ぎ込まれているものなんだよ。

★朝6時に起き、夜中の2時まで働くこと。
 これを最初に描いた図面が形になるまでやり続けるのだ。
 すぐにはうまくいかなくても、睡眠時間を減らし、
 起きている時間は精魂こめて働くようにする。
 このルールを守れば、
 発明家として成功できるだろうし、
 もっと言えば、どんな分野においても成功できる。

★一日8時間労働制に感じた危機感は、労働時間の不足などではない。
 働くということが、
 ただの決まりきった作業になってしまうということだ。

★朝7時に起き、夜11時に就寝すれば、たっぷり16時間ある。
 大抵の人は一日中なにか仕事をしている。
 ただ一つ違うのは、彼らの仕事は非常に多岐にわたり、
 私はたった一つの仕事に全てのエネルギーを集中する点だ。

★自分は毎日、18時間働くことにしている。

★私の発明は、すべての人にとって役に立つ物でありたい。
 そして、世界の平和に貢献するような物でありたい。
 もし私の発明で一人でも人が死んだとしたら、
 私には人生を生きる意味も資格もない。

★人から批判されることを恐れてはならない。
 それは成長の肥やしとなる。

★もちろん、生まれつきの能力の問題もまったく無視はできない。
 それでもやはり、これはおまけみたいなものだ。
 絶え間なく、粘り強く努力する。
 これこそ何よりも重要な資質であり、成功の要といえる。

★発明とは、
 それが人類にとって本当に必要なものなのかを判断する能力である。

★最初のひらめきが良くなければ、いくら努力してもダメだ。
 ただ努力だけという人は、エネルギーを無駄にしているにすぎない。

★私は、ひとたび自分が正しいと思う道を歩きだしたら、
 ゴールに到達するまでペースを崩さない。

★他の発明家の弱点は、
 ほんの一つか二つの実験でやめてしまうことだ。
 わたしは自分が求めるものを手に入れるまで決してあきらめない。

★大事なことは、
 君の頭の中に巣くっている常識という理性を
 綺麗さっぱり捨てることだ。
 もっともらしい考えの中に新しい問題の解決の糸口はない。

★困るということは、次の新しい世界を発見する扉である。

★それは失敗じゃなくて、
 その方法ではうまくいかないことがわかったんだから成功なんだよ。

★今取り組んでいることに関心を持ち、
 全力を傾けてそのことだけを考える。
 時計を気にせず、ひたすら続け、休みたくなったら必要なだけ休む。
 休んだあとは、また同じ集中力で作業に取り組む。
 熱心に働くことの価値と満足感を知っている人に
 世間は高い評価を下すものだ。

★絶えず変化を求める気持ちと不満こそが、
 進歩するために最初に必要となるものである。

★成功しない人がいたとしたら、
 それは考えることと、努力すること、
 この二つをやらないからではないだろうか。

★人間は思考する努力を省きたいために、
 ありとあらゆる方便に頼ろうとする。

★機械は生活を便利にした、将来はもっと便利になるだろう。
 しかし、用心しなくては人間が機械に使われるようになってしまう。

★自然界の秘密を解き明かすのに、
 人間の理性に頼っていては駄目だよ。

         ☆—————————————-☆

トーマス・エジソン

トーマス・アルバ・エジソン(英語: Thomas Alva Edison, 英語発音:(
トマス・アルヴァ・エディスン), 1847年2月11日 – 1931年10月18日)
は、アメリカ合衆国の発明家、起業家。スポンサーのJPモルガン、秘書
のサミュエル・インサル、そしてメロン財閥と、アメリカの電力系統を
寡占した。

[概略]

[発明家&起業家]

傑出した発明家として知られている。生涯におよそ1,300もの発明と技術
革新を行った人物である。例えば蓄音器、白熱電球、活動写真である。
エジソンはJ・Pモルガンから巨額の出資・援助をしてもらい、Edison
General Electric Company エジソン・ジェネラル・エレクトリック会社
(現ジェネラル・エレクトリック社 )を設立した。GEは電球などの家電
だけでなく、発電から送電までを含む電力系統の事業化に成功した。

[様々な異名]

エジソンは様々な異名を持っている。しばしば「発明王」と呼ばれてい
る。また、研究所が置かれたメンロパークにちなんで「The Wizard of
Menlo Park  (メンロパークの魔術師)」 とも呼ばれた。リュミエール
兄弟と並んで「映画の父」とも言われている。このほか、自らの発明の
権利を守るため訴訟を厭わなかったことから「訴訟王」の異名も持つ。

[苦学・失敗・敗北]

エジソンは「努力の人」「非常な努力家」「不屈の人」などとして知ら
れている。幼いころから正規の教育を受けられないという困難に見舞わ
れたが、図書館などで独学した。新聞の売り子(販売員)として働くこ
とでわずかなお金をコツコツと貯め自分の実験室を作った逸話などでも
知られている。16歳のころには電信技士として働くようになり、さまざ
まな土地を放浪しつつも、自力で様々な科学雑誌を読破して学び続けた
。耳が不自由になったにもかかわらず、それに負けず、努力を積み重ね
成功したことでも知られている。

エジソンは、自分が選択・採用した直流送電にこだわるあまりに交流送
電の優位を受け入れられず、交流を採用したニコラ・テスラおよびウェ
スティングハウスとの間で電流戦争に陥り、結局、敗北してしまった。
また、飛行機(厳密にはヘリコプター)を作ることを考えながらも安全
面の問題から断念せざるを得ず、ライト兄弟に先を越された。

ニコラ・テスラやウェスティングハウスとの戦いでは、「交流電流は危
険」とのイメージを人々に持たせるために、様々な汚いプロパガンダ工
作等々を行ったことなどの汚点でも知られている。(またジョルジュ・
メリエスの傑作『月世界旅行』を公開前に無断で複製しアメリカ中の映
画館に売りつけ巨額の富を得たという事実も存在する。)

その後の発電所に納入する発電機をめぐる戦いでも敗北してしまったた
め、エジソン・ゼネラル・エレクトリック・カンパニーに出資し、株の
過半を持ち実質上のオーナーとなっていたJ・Pモルガンから見切られ、
エジソンは元々は自分が設立した同社の社長の座を失い、会社とは無関
係とされ、社名から自分の名前も消されるという屈辱も味わった。

[生涯]

[出生]

1847年2月11日にオハイオ州マイランで父サミュエル・オグデンJr.(18
04年8月16日 – 1896年、オランダ系)と母ナンシー・エリオット(1810
年1月4日 – 1871年、スコットランド系)の間に生まれた。 トーマスは
彼らの7人の子供の末っ子(7番目の子供)で、トーマス・アルバが7歳の
時に家族はミシガン州ポートヒューロンに移った。 幼少期の通称は「ア
ル」であった。

[少年時代]

少年時代のトーマスは、異常なほどの知りたがり屋であった。小学校に
入学するも、教師と馬が合わずわずか3か月で中退した。当時の逸話とし
ては、算数の授業中には「1+1=2」と教えられても鵜呑みにすることがで
きず、「1個の粘土と1個の粘土を合わせたら、大きな1個の粘土なのにな
ぜ2個なの?」と質問したり、英語の授業中にも、「A(エー)はどうし
てP(ピー)と呼ばないの?」と質問するといった具合で、授業中には事
あるごとに「Why? (なぜ?)」を連発して、先生を困らせていたという。

その様な好奇心は学校内に止まらず、ガチョウの卵を自分で孵化させよ
うとして、卵を抱き抱えてガチョウ小屋の中に何時間も座り込んだり、
「なぜ物は燃えるのか」を知りたいと思い立ち、藁を燃やしていたとこ
ろ、自宅の納屋を全焼させるなどの事件を起こしたこともあった。これ
らが重なった挙句、最終的には担任の先生から「君の頭は腐っている」
と吐き捨てられ、校長からも「他の生徒たちの迷惑になる」と言われ、
前述の通り入学からわずか3か月で退学することとなった。

学校教育に馴染めなかったトーマスは、自宅で独学することになった。
トーマスが特に興味を示したのは、化学の実験であった。

化学実験に没頭した少年時代、人間が空を飛べるようになる薬を作ろう
と試み、ヘリウムガスをヒントにして薬を自作し、友人に飲ませた。エ
ジソンの目論見としては、その薬を飲むと体内でガスが発生し、その浮
力で人間が浮き上がるはずだったが、実際には薬を飲んだ友人が腹痛を
起こしてもがき苦しみ、大騒ぎになった。普段はエジソンの行為に理解
を示していた母親も、この件に関しては激怒し、人体実験を行う事を厳
しく戒めたという。(エジソンはその後も人間が空を飛ぶという夢を追
求したが、後述の通り、またもや人命に関わる問題で挫折する事となる
。)

少年時代のエジソンは持ち前の好奇心が高じて、自らの手で新聞を作り
、列車の中で売って評判になった事があった。しかし、ある人物を皮肉
った内容の記事を新聞に載せたところ、これを見て激怒した本人から暴
行を受け、これに懲りてエジソンは新聞作りをやめたという。また、15
歳の時には働いていた鉄道の駅で、まだ幼い駅長の息子が汽車にひかれ
そうになったのを助けた事があった。エジソンはそのお礼として、駅長
から電信の技術を教えてもらい、後に彼が技術者としての人生を歩み始
めるきっかけを与えてもらったという。

「投票記録機」 「株式相場表示機」

このような少年時代を送ったが、その後母親も手伝って発明を複数行っ
た、という。

1864年、17歳の頃のエジソンはカナダの駅で夜間電信係として働いてい
たが、「何事もなければ、一晩中1時間おきに勤務に就いていることを示
す信号を送るだけ」という退屈な仕事に飽きてしまい、時計を使って電
信機が自動で電信を送る機械を発明した。電信を機械に任せて自分は寝
ていたところ、それまでと違って全く誤差なく正確に1時間おきに電信が
届くようになった事を不思議に思い様子を見に来た上司に「お前が寝て
いたら定時に連絡する意味がないだろう」と怒られた。これがエジソン
の最初の発明だった。

エジソンは1868年、21歳の時に初めて特許を取得した。それは電気投票
記録機に関するもので、議会における賛成票と反対票の数を押しボタン
で瞬時に集計し、投票にかかる時間を大幅に短縮できる画期的な発明と
なる筈だった。だが、売り込みを受けた連邦議会や各州議会は、投票中
のフィリバスターや交渉が可能である点呼投票(英語版)の維持を選び
、全く採用されなかった。エジソンはこの苦い経験を通して、いくら立
派な発明でも人々が喜んでくれなければ何の意味もない事を痛感し、そ
の後は周囲の人々の意見や要望をよく聞いてから発明に取り組むように
なったという。

その翌年の1869年、エジソンが22歳の時に特許を取得した株式相場表示
機は業界から大いに歓迎され、その特許権を譲ってもらいたいという申
し出があった。最初、エジソン自身は5000ドルほどで特許権を売るつも
りであったが、実際には4万ドル(現在の日本円だと約2億円相当)で買
い取られ、エジソンは当初の予想より8倍も高い金額を提示されて、心臓
が止まるかと思うほど驚いたという。こうしてエジソンは発明家として
の人生を本格的に歩んでゆくことになった。

「電話」 「蓄音機」 「白熱電球」

1877年に蓄音機の実用化(商品化)で名声を獲得。ニュージャージー州
にメンロパーク研究室を設立し、集まった人材を発明集団として機能さ
せるべく、マネジメント面で辣腕を振るった。後年の伝記ではこれを「
集合天才」 (Collective Genius) と呼んでいる。

研究所で電話、蓄音器(つまり録音・再生装置)、電気鉄道、鉱石分離
装置、電灯照明などを矢継ぎ早に商品化した。なかでも注力したのは白
熱電球であり、数多い先行の白熱電球を実用的に改良した。彼は白熱電
球の名称をゾロアスター教の光と英知の神、アフラ・マズダーから引用
し、「マズダ」と名付けている。この特許の有効性について訴訟が起こ
り、裁判で特許(番号223, 898)が有効と判定されるまでに時間がかか
った。一方で白熱電球の売り込みのための合弁会社を成立。直流の電力
を供給するシステムを確立させる。

1887年にニュージャージー州のウェストオレンジ研究室に移る。ここで
は動画撮影機”キネトグラフ”を発明した、と言われている。が、実は部
下のウィリアム・ディックソンの発明である。1893年には、ウエスト・
オレンジ研究所の敷地内にアメリカ初の映画スタジオ「ブラック・マリ
ア(Edison’s Black Maria)」を設立し、ウィリアム・ディックソン、
ウィリアム・ハイセを監督に、キネトスコープ用の白黒フィルムを制作
しはじめた。1901年にはマンハッタンに、1907年にはブロンクスに新し
い映画スタジオ(Edison Manufacturing Company、のちにThomas A. Ed
ison, Incと改名)を開き、約1200本のフィルムを制作した。

[晩年]

ゴールデンロッド(goldenrod 和名:セイタカアワダチソウ)からゴム
を取るのに成功したとも言われている。

鉱山経営などにも手を出すが失敗。高齢となって会社経営からは身を引
くが、研究所に篭り死者との交信の実験(霊界との通信機の研究)を続
ける。1914年12月に研究所が火事で全焼し約200万ドルの損害を蒙ったが
、臆せずその後も死者との交信について関心を持ち研究を続けた。

1931年10月18日、84歳でその生涯を終えた。

[家族と友人]

エジソンは、生涯に2度結婚しており、それぞれ3人ずつ6人の子供をもう
けている。

[1度目の結婚
]
1871年12月25日に、自社の子会社の従業員であった16歳のメアリー・ス
ティルウェルと最初の結婚をした。メアリーとの間には1873年にマリオ
ン・エジソン、1876年にトーマス・エジソン・ジュニア、1878年にウィ
リアム・エジソンの3人の子供が生まれたが、多忙だったエジソンがあま
り家に寄り付かなかったこともあってメアリーは引きこもりがちになり
、次第に体調を崩していって1884年8月9日に29歳でこの世を去った。

[2度目の結婚]

メアリーの死後、エジソンは同じく富裕な発明家・実業家であったルイ
ス・ミラーの娘である20歳のミナ・ミラー(Mina Miller Edison、1865
年 – 1947年)と1886年2月24日にオハイオ州のアクロンで結婚した。ミ
ナとの間には、1888年にマドレーン・エジソン、1890年にはエジソン死
後にエジソンの事業を引き継ぐとともに政治家となってニュージャージ
ー州知事やアメリカ海軍長官代行を務めたチャールズ・エジソン、1898
年には父同様、発明家・環境活動家となったセオドア・エジソンの3人の
子供をもうけている。ミナはエジソンとの死別をしたのち、1947年に82
歳で亡くなった。なおプロポーズはモールス信号にて行ったという。

[友人]

自動車王のヘンリー・フォードとは生涯の友人であった。この二人がは
じめて会ったのは1896年のことであり、当時はフォードはエジソン電灯
会社の社員であった。フォードが発明したばかりのガソリン自動車の説
明をすると、エジソンはテーブルを拳で叩いて喜び、フォードを励まし
た。その後、1912年にフォードがエジソンに業務提携を持ちかけ、提携
自体は上手くいかなかったものの友情は続いた。フォードは1967年、エ
ジソンは1969年に、それぞれ自動車殿堂入りをしている。<以下略>

        フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

トーマス・エジソンの本
自己啓発書のベストセラー

         ☆—————————————-☆

★☆「keiko通信 from NewYork」☆★

「Orchid Show」

ブロンクスにあるボタニカルガーデン(ニューヨーク植物園)で蘭展開
催中です。

一般的なのは白の胡蝶蘭ですが色鮮やかな珍しい蘭の花が勢ぞろい。

昨年いただいた胡蝶蘭の鉢植え、今年は直径14センチもある大きな花が
咲きました。

太陽とお水の量を気を付けて手入れをすれば蕾を付けてくれるのだとわ
かりました。

かつてフィリピン在住だったSさんは庭にたくさんの蘭を育てておいでだ
ったと聞きました。素晴らしくきれいな庭だったことでしょうね。

                   Keiko

★ちょっと一言!

※皆さん、お元気ですか?「名言集」の宮口です。

3月6日に65歳の誕生日を迎えました^^v・・・体力、気力はますます充実
してやりたいことや目標も沢山あります。16日には家族で誕生日のパー
ティーを開いてくれるそうです。今から楽しみです♪そして、我が家に
家族が一人増えました。颯太(ふうた)と言います。3ヶ月の雄のポメで
す♪

チコちゃんに、「ボーっと生きてんじゃねーよ!」って怒られないよう
に頑張ります♪

★皆さんのメールが何よりの励ましです。
出来る限り、お返事は差し上げますのでお気軽にメールして下さい。
当メルマガで掲載させていただくこともありますが、匿名希望と書いて
いただければ実名を出すことはありません。

まずは自分自身を信じ、愛することから始めよう!

■今号はいかがでしたか?
驚くほど役に立つ「名言集」へのコメントをどうぞ!
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編集後記+++++++++++++++++++++++++++++

世の中には人間の一生をも左右してしまうような、心の底から魂を揺さぶら
れるような素晴らしい金言や格言が数多くあります。
あなたも辛い時や悲しい時、何気ない一言で勇気づけられた経験はないだろ
うか?

仕事をしながらメルマガを発行しようと決意したのは、そういう名言の数々
を一人でも多くの方々に紹介したいと思ったからです。
今までの仕事だけの人生に物足りなさを感じていたということもあります。

「生きることとは自分自身を表現することである!」と言ったのは誰だった
ろう?自分自身を表現することにより、ほんの少しでも周りの人たちを幸せ
にするお手伝いが出来れば望外の幸せです。

+++++++++++++++++++++++++++++++++

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