日本人の名言 武田信繁

何ごとにつけても、つねに堪忍の二字を忘れてはならぬ・・・ / 武田信繁

投稿日:2012年8月24日 更新日:

2012.08.24-Vol.0536
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★今日の名言★
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 何ごとにつけても、つねに堪忍の二字を忘れてはならぬ。

 昔の物語にも「韓信という人は、初め家が貧しく、

  少年の頃に、他人から股の下をくぐらせられりなどして、

   辱めを受けたが、よく堪忍して、

    ついには漢の大将軍となって成功した」

 ということが伝えられているし、

  また、「一時の怒りのために身を滅ぼす」

   というような例もあるのである。

              <武田信繁>

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◆一口豆知識◆◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇広辞苑より◇◇◇◇

堪忍(かんにん)・・・

(1)たえしのぶこと。こらえてがまんすること。
(2)怒りをこらえて許すこと。勘弁。
(3)経済上の負担力。

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※喫煙室(雑談コーナー)

今日の名言は、「武田信繁の家訓」より引用させて頂いた。

日常生活において腹の立つことも多々あるものだが、この名言集で何
度もお伝えしているように、心のコントロールの中でも重要な位置を
占めているのが「怒りのコントロール」である。

「感情のコントロール」は絶対に必要である。

「自制」とは、自分の感情や欲望を抑えることだが、残念ながら行き
過ぎた感情の抑制もまた心身に弊害を及ぼすことがある。

昔から、「物言わぬは腹ふくるるわざり」といって、言いたいことも
言わずに我慢ばかりしていると、心や体に重大な影響を及ぼすことが
分かっている。

心身症とは、心の問題の影響が大きい身体疾患の総称だが、その人の
持つ閾値を超えた精神の持続的な緊張やストレスによって様々な症状
を呈するものである。

「怒り」という感情の下には、「解ってくれない」「助けてくれない」
「愛してくれない」といった悲しさや寂しさなどの本当の感情が隠さ
れていることが多いものだ。

私達は、怒りと正面から向き合い、自分自身を客観的に見つめること
により、ストレスと上手に付き合っていかなければならないのだ。

怒りをコントロールしてストレスを上手に発散させる技術は、社会の
中で適応し自らを向上させる為にどうしても必要なものである。

武田信繁の家訓にあるように、「一時の怒りのために身を滅ぼす」こ
とがないようにしたいものである。

       ☆——————————☆

武田信繁

武田 信繁(たけだ のぶしげ)は、戦国時代の武将。甲斐武田氏18代
・武田信虎の子で、武田信玄の同母弟。

官職である左馬助の唐名から「典厩(てんきゅう)」と呼ばれ、嫡子
・武田信豊も典厩を名乗ったため、後世「古典厩」と記される。武田
二十四将においては武田の副大将として位置づけられている。

[生涯]

『高白斎記』に拠れば、信繁は大永5年(1525年)、武田信虎の子とし
て生まれる。幼名は次郎。武田氏では天文10年(1541年)に信虎の嫡
男晴信が信虎を駿河国の今川氏のもとに追放しているが、『甲陽軍鑑
』によれば、信繁は幼少期から信虎に寵愛され、信虎は嫡男である晴
信(後の信玄)を廃して信繁に家督を譲ろうとしていたという逸話を
記している。

また、文書上では確認されていないが、『高白斎記』に拠れば天文20
年(1551年)2月1日に信繁は武田氏庶流の吉田氏を襲名したという。

晴信期に武田氏は信濃侵攻を本格化させ、村上義清をはじめとする信
濃国衆や越後国の上杉謙信との甲越対決が発生するが、晴信の家督相
続時には姉婿の穴山信友とともに信繁は唯一御一門衆の中で成人とみ
なし得る立場にあり、晴信の補佐役として信濃経略に従事している。

『甲陽軍鑑』に拠れば、天文11年の諏訪侵攻において信繁は大将とし
て宿老の板垣信方とともに諏訪出兵を主導し、同年9月の高遠頼継の反
乱に際しても鎮圧の大将を務めたとしており、晴信からの勘気を受け
た長坂虎房(光堅)は頼継弟の蓮芳斎を討ち取り、信繁が取次となり
赦免されたという逸話を記している。諏訪を制圧した武田氏は信方を
郡代とし、信繁にも諏訪衆を同心として付属させたという。天文13年
には信虎の高野山参詣に際して宿坊となった引導院への礼状を発給し
ており、対外交渉への携わりも確認される。

天文20年(1551年)7月には村上攻めのため先衆として出陣しており(
「恵林寺旧蔵文書」)、天文22年(1553年)4月には甲斐衆今井岩見守
に対し落城した信濃国苅屋原城主任命を通達し、同じく4月には攻略し
た村上方の葛尾城に在城していた秋山虎繁(信友)に対しても上位を
通達した他(ともに『高白斎記』)、恩賞の付与などを行っている。
武田氏はやがて北信地域を巡り越後国の長尾景虎(上杉謙信)と抗争
を繰り広げるが(川中島の戦い)、天文24年には景虎の越後帰陣を報
告している。

武田氏は征服した信濃諸族に対し一族を養子にし懐柔させる方策を取
っているが、信繁の子も信濃佐久郡の望月氏の養子となっている。

永禄4年(1561年)9月10日、第4次川中島の戦いで討死する。享年37。

信繁は『武田法性院信玄公御代惣人数之事』『甲陽軍鑑』等における
武田家臣団において、同母弟である信廉とともに武田姓の称号を免許
される御一門衆に属し、信繁・信豊の武田典厩家は信廉の武田逍遥軒
家とともに御一門衆の筆頭に位置する。信繁は武田領国内において城
番として領域支配を行っていることが確認されず、基本的には甲府に
在住して武田家の外交に参与し、合戦の際には信玄名代として軍事指
揮権を発動し、先衆を統制する立場で出陣する立場であったと考えら
れている。

[人物]

武田氏では晴信をはじめ一族には文人的業績を残している人物がいる
が、信繁は天文17年には四辻季遠らが甲斐を訪れた際に和歌を詠んで
いる。また、永禄元年(1558年)4月には、99箇条の家訓を作成し、嫡
子長老(信豊)に対し与えている。これは序文を長禅寺住職の春国光
新が撰文しており、内容も『論語』をはじめ中国古典から引用された
箇所があり、信繁の教養を物語るものとして注目されている。

信玄は信繁の死体を抱くと号泣したと伝えられ、上杉謙信らからもそ
の死は惜しまれたという。武田家臣団からも「惜しみても尚惜しむべ
し」と評され、もし信繁が生きていたら、信玄の長男・義信が謀反を
起こすことはなかったといわれるほどである。山県昌景は「古典厩信
繁、内藤昌豊こそは、毎事相整う真の副将なり」と評したという(『
甲陽軍鑑』)。

江戸時代においても「まことの武将」との評価があるほど人気があり
、嫡子武田信豊に残した99ヶ条にわたる『武田信繁家訓』(甲州法度
之次第の原型)は、江戸時代の武士の心得として広く読み継がれてお
り、江戸時代の儒学者である室鳩巣は「天文、永禄の間に至って賢と
称すべき人あり。甲州武田信玄公の弟、古典厩信繁公なり」と賞賛し
ている(『駿台雑話』)

        フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

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★ちょっと一言!

※皆さん、お元気ですか?

北海道の旭川でも22日には33.2℃を記録して、さすがにちょっとバテ
気味です^^;

この異常な暑さは太平洋高気圧が居座っているせいだと言いますが、
地球の温暖化が影響していることは間違いないようです。

水分補給と休養を出来るだけとるようにして疲れを溜めないようにし
て下さいね。

仕事が終わり、帰宅してから食後一服して源太を連れて夜のお散歩に
出ています。腰の手術が終わり、半年ほど大好きなテニスが出来ない
ので、源太を連れて真っ暗な石狩川の堤防沿いを歩くことが今の私の
ストレス解消法かも・・・。

源太は我が家の愛犬です。

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今までの仕事だけの人生に物足りなさを感じていたということもあります。

「生きることとは自分自身を表現することである!」と言ったのは誰だった
ろう?自分自身を表現することにより、ほんの少しでも周りの人たちを幸せ
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