日本人の名言 梅原猛

日本文化の原理は『草木国土悉皆成仏』・・・ / 梅原猛

投稿日:2019年1月18日 更新日:

2019.01.18-Vol.0874
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■先人の知恵に学ぼう!驚くほど役に立つ「名言集」■
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★今日の名言★
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 日本文化の原理は

  『草木国土悉皆成仏(そうもくこくどしっかいじょうぶつ)』。

 草も木も生きものだという人類の原初的考え方だ。

  人間中心の傲慢な文明が近代文明。

   近代哲学はその文明を基礎づけた。

    そんな人間中心主義を批判しないといけない。

              <梅原猛>

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◆一口豆知識◆◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇広辞苑より◇◇◇◇

傲慢(ごうまん)・・・

おごり高ぶってあなどること。見くだして礼を欠くこと。

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※喫煙室(雑談コーナー)

※哲学者の梅原猛さんが亡くなられた。以前、ご活躍されていた時によ
くテレビで拝見して、その豊富な知見と新鮮な視点にいつも感動してい
たことを思い出す。

「すべてを疑い、権威に対して戦うことが哲学者の任務」と公言してい
た梅原猛氏。また一人、巨星逝く。心からのご冥福をお祈りします。

2019/1/14 8:02 <日本経済新聞>

「梅原猛さんが死去 哲学者、独自の古代史論」

独自の古代史論などで知られ幅広い分野で発言、執筆活動を続けた哲学
者で文化勲章受章者の梅原猛(うめはら・たけし)さんが1月12日午後4
時35分、肺炎のため京都市内の自宅で死去した。93歳だった。後日お別
れの会を開く予定。喪主は長男、賢一郎氏。

文学・歴史・宗教の分野で従来の学説に挑んだ著作が「梅原古代学」と
して親しまれた。伝統芸能への造詣も深く、歌舞伎俳優の三代目市川猿
之助さんと組んで「スーパー歌舞伎」の原作を、狂言役者の茂山千之丞
さんと組んで「スーパー狂言」の原作を、能楽師の梅若実さんと組んで
「スーパー能」の原作を手掛けた。

仙台市生まれ。1945年、京都大文学部哲学科入学後に学徒出陣。戦後復
学し、48年に卒業した。

卒業後は立命館大教授などを経て72年に京都市立芸術大教授となり、74
年同大学長。86年、国際日本文化研究センター(日文研)の創設準備室
長に就任し、翌87年から8年間、日文研の初代所長。90年から92年まで臨
時脳死及び臓器移植調査会(脳死臨調)委員、97年から6年間、日本ペン
クラブ会長を務めた。

74年に大仏次郎賞、92年に文化功労者、99年に文化勲章。2001年5月、日
本経済新聞に「私の履歴書」を掲載した。

以下、毎日新聞より梅原猛さんの語録を抜粋してみよう。

★脳死を死と決めつけて臓器移植をすることは
 著しく自然の法を曲げるものであると思う。

★移植のために太古以来の死の概念を変えようとし、
 それによって起こる脳死者の人権の侵害も、末期医療の放棄も、
 現行法との矛盾をもほとんど考慮しない。

★(九条の会の発起人に名を連ねたことについて)
 政治の流れがうんと右に行っているので、
 歯止めとして9条を守る必要があるという意思表示をしたかった。
 私は日本の憲法や9条には、
 国家絶対主義を克服する『超近代』の理想が含まれていると思う。

★(1944年12月の名古屋大空襲の経験について)
 私が入るはずの防空壕(ごう)に爆弾が
 直撃して大勢の中学生が座ったまま死にました。
 死骸が吹き飛ばされて屋根の鉄骨の上に引っかかっているのを見て、
 深く戦争を憎みました。

★(東京電力福島第1原発事故を受けて)
 我々人類が原発なしでいかに生きていけるか、
 それが問われる事態になった。
 目をそらしてはいけない。
 今からでも遅くはない。
 むやみにエネルギーを使わない文明を考えないとあかん。

★日本文化の原理は
 『草木国土悉皆成仏(そうもくこくどしっかいじょうぶつ)』。
 草も木も生きものだという人類の原初的考え方だ。
 人間中心の傲慢な文明が近代文明。
 近代哲学はその文明を基礎づけた。
 そんな人間中心主義を批判しないといけない。
 こういうことを語らねばならないと思ったのは東日本大震災後だ。

★日本思想には
 将来の人類が必要とする原理が隠されていると考え研究を始めたが、
 理解するには約50年が必要だった。
 作家は80歳を過ぎると新しいことを書けないというが、
 私は90歳を過ぎても新しい研究を続けていく。

         ☆—————————————-☆

梅原猛

梅原 猛(うめはら たけし、1925年3月20日 – 2019年1月12日 )は、日
本の哲学者である。ものつくり大学総長(初代)、京都市立芸術大学名
誉教授、国際日本文化研究センター名誉教授。東日本大震災復興構想会
議特別顧問(名誉議長)。碧南市哲学たいけん村無我苑名誉村長。また
、京都市名誉市民でもある。

京都大学文学部哲学科卒業。立命館大学文学部哲学教授、京都市立芸術
大学教授・学長の他、国際日本文化研究センター所長(初代)、社団法
人日本ペンクラブ会長(第13代)などを歴任した。

<中略>

[経歴]

宮城県仙台市で生まれ、愛知県知多郡で育つ。

実父は愛知一中、八高を経て、梅原の出生当時は東北帝大の学生だった
梅原半二。実母は、半二が下宿していた仙台の魚問屋の娘・石川千代。
ともに学生だった実父母の結婚を梅原家、石川家が認めなかったため、
私生児として誕生した。乳児期に実母を亡くし、生後一年九ヶ月で知多
半島の名士で、梅原一族の棟梁である伯父夫婦(梅原半兵衛・俊)に引
き取られ養子となる。実父の梅原半二(工学博士)は、大学講師を退職
後、3軒のバー・キャバレーを経営していたが、豊田喜一郎に誘われ、戦
後トヨタ自動車に入社、トヨタ自動車常務や豊田中央研究所所長などを
務めた。

私立東海中学には、南知多町(当時は内海町)の実家から2時間半をかけ
て通学した。1942年、広島高等師範学校に入学するが二ヶ月で退学、翌
年第八高等学校文科に入学。理科系の父に似て数学が得意だったため、
父や周囲から文科進学に反対されたのを、押し切っての進学だった。

青年期には西田幾多郎・田辺元ら京都学派の哲学に強く惹かれ、大学進
学に際しては東京帝国大学倫理学科の和辻哲郎(東大赴任前は京都大哲
学科の西田の下で助教授であった)の下で学ぶか、あるいは京都学派の
影響が残る京都帝国大学哲学科で学ぶかの選択に迷った。そして結局、
1945年、京都帝国大学文学部哲学科に入学。その年田辺は退官しており
、西田もすでに1928年に京都帝国大を退職していたが、梅原は京都帝国
大哲学科には西田の影響が存在すると考え、京大への進学を選択した。
父親は哲学科への進学を歓迎しなかったが、梅原の熱意が強いため許可
した。入学直後、徴兵され、9月復学。

大学時代には、実父のところに戻り、父が務めていたトヨタ自動車に近
い愛知県岡崎市矢作町や定光寺などにも居住した。

1948年、同大を卒業。

大学院では山内得立、田中美知太郎に師事、マルティン・ハイデッガー
哲学に惹かれつつもギリシア哲学を専攻、しかし二度にわたって田中と
対立した。最初の論文「闇のパトス」(1951年)は、哲学論文の体裁を
とっておらず甚だ不評だったが、のちに著作集第一巻の表題となる。20
代後半、強い虚無感に襲われて、賭博にのめりこむような破滅的な日々
を送り、1951年、養母・俊の勧めでピアニストの夫人と結婚、同年、長
女が生まれた時、ヘラクレイトスについての論文を書いており、「日の
満ちる里」という意味でひまりと名づける。ひまりはのちヴァイオリニ
ストとなった。そしてハイデッガーの虚無思想を乗り越えるべく「笑い
」の研究に入り、いくつかの論文を発表したが、これは完成しなかった
。30代後半から日本の古典美学への関心を強め、「壬生忠岑『和歌体十
種』について」(1963年)という論文を書く。

「笑い」の研究を始めたことについて梅原は、フリードリヒ・ニーチェ
やマルティン・ハイデッガーの実存主義哲学から出発したが、現実の生
活に苦しくなると実存を頼ることはできなくなり、実存の論理を超える
ために自分の心の暗さを分析して「闇のパトス」を書き、ニヒリズムを
超えて人生を肯定するために「笑い」の哲学を目指したのだと言う。寄
席に通い、渋谷天外、藤山寛美、大村崑などを研究の対象として論文を
書いた。

その後は精力的に神道・仏教を研究している。NHKテレビの生放送中に薬
師寺管長の橋本凝胤と「唯識」をめぐり、大激論を交わす。

京都若王子(京都市左京区、哲学の道近辺)の和辻哲郎旧邸に住む。

[人物]

日本仏教を中心に置いて日本人の精神性を研究する。西洋哲学の研究か
ら哲学者として出発したが、西田幾多郎を乗り越えるという自身の目標
のもと、基本的に西洋文明(すなわちヘレニズムとヘブライズム)の中
に作られてきた西洋哲学、進歩主義に対しては批判的な姿勢をとる。そ
の根幹は、西洋哲学に深く根付いている人間中心主義への批判である。
西洋哲学者が多い日本の哲学界のなかで、異色の存在である。

市川猿之助劇団のために『ヤマトタケル』や『オオクニヌシ』『オグリ
』などの歌舞伎台本を書き、これが古典芸能化した近代歌舞伎の殻を破
ったので、スーパー歌舞伎と称している。また『ギルガメシュ叙事詩』
を戯曲化した『ギルガメシュ』は中国の劇団が上演し、中国の環境問題
の啓蒙に大きな役割を果たしている。

ただ、演劇では自分の思い通りにならないということで、小説版『ギル
ガメッシュ』を執筆しており、売れなかったが本作が自身で一番の作品
だと語っている。『中世小説集』や『もののかたり』など説話に基づく
短編小説集も評判をとっている。また『王様と恐竜』『ムツゴロウ』『
クローン人間ナマシマ』などのスーパー狂言の台本も書いている。九条
の会の呼び掛け人の一人。平城遷都1300年記念事業特別顧問。2006年に
は源氏物語千年紀の呼び掛け人となる。

鈴木大拙を近代日本最大の仏教学者と位置付け、その非戦論の重要性を
訴える。また「梅原日本学」と呼ばれる一連の論考では飛鳥時代の大和
朝廷の権力闘争を追求するなど、古代日本史の研究家としても知られる
。天皇制への支持は強く、世界主義と排外的ナショナリズムの双方に批
判的である。靖国神社や憲法改正には基本的に否定的な立場を採る。イ
デオロギーの学術への介入それ自体を批判している。なお、1991年には
召人として皇居歌会始に出席している。

また、熱烈な多神教優位論者、反一神教主義者である。多神教は一神教
より本質的に『寛容であり優れている』と主張しており、続けて多神教
が主流である日本文化の優越性を説いている。その説は多くの「日本文
化の優越を語る日本人論」に影響を与え、そのため梅原は、中曽根康弘
が創設を主導した「国際日本文化研究センター」の初代所長に就任する
ことになる。

一神教的な思想と多神教的な思想について、古代ギリシアの哲学者であ
るプラトンとアリストテレスを対比させる。アリストテレスのように生
物の多様性に目を向けることが重要だと語る。

臓器移植反対論者としても知られている。原子力発電所に対しても1980
年代から反対論者の立場を取る。

日本漢字能力検定協会の大久保理事長に依頼され、約10年にわたって同
協会の評議員を務めていたが、その間、会議出席などの評議員としての
活動を全く行っていなかった。2009年に発覚した協会運営問題に際し、
このことについて「信用したことを後悔している。関連会社への委託な
どとんでもないことで、評議員の機能を果たせなかった自分への怒りも
感じる」と弁解した。

[人間関係]

[家系]

実父・梅原半二は工学博士でトヨタ自動車常務取締役や豊田中央研究所
代表取締役所長を務めた。恋愛の失敗で心に傷を負いキャバレーを経営
していたところを豊田喜一郎に引っ張られ、技術の世界に復帰し、後に
トヨタ・コロナを設計した。著書に技術者としての経験をまとめた『純
の中の不純』(黎明書房、1974年)、自伝的な『平凡の中の非凡』(佼
成出版社、1990年)がある。小説家の小栗風葉は養母・俊の兄に当たる
。同じく小説家の小中陽太郎は養母の姪の夫にあたる。

長男に芸術学者・美学者で京都造形芸術大学芸術学部教授の梅原賢一郎
、その妻はノーベル賞学者福井謙一の娘の美也子。長女にバイオリニス
トで京都造形芸術大学非常勤講師の梅原ひまり、その夫は京都造形芸術
大学副学長で建築家の横内敏人。

[交友関係]

親友には京大哲学科からの同級生である橋本峰雄と藤沢令夫、立命館大
学勤務時代に同僚だった白川静がいる。若い頃最も親しかったのは源了
圓だという。

京大哲学科の4年先輩に当たる上山春平も親友であり、上山に誘われ、当
時・京都大学人文科学研究所教授の桑原武夫らと知り合い、交友を深め
知遇を得ることになる。

司馬遼太郎とは長年の交友があり、司馬の作品である『空海の風景』の
正直な批評を出したが、彼を激怒させて以来、二人は犬猿の仲となる。
その後は和辻哲郎文化賞の選考委員を互いに務めた縁で仲が直り、司馬
の死去に関しては、追悼文も書いている(国際日本文化研究センター設
立以前、梅原は司馬に評議委員として選出しようと懇願したが、断られ
た)。

生前に交流はなかったが、三島由紀夫と同年齢であり、三島の死後に梅
原の飛躍があったことから、「三島が自分に乗り移った」と思っている
。高橋和巳とは交友があり、高橋の死後、自分は長いものを書くように
なったから、高橋が乗り移ったと言っている。

[思想]

[梅原日本学]

40歳過ぎまで単著はなかった。自ら著作集の自序において語るところに
よれば、これは「処女作というものは頭の先からしっぽまでもすべて独
創的であるべきだ」という自己の信念のためであったという。1965年、
仏像案内のテレビ番組の司会をし、これを本にした『仏像-心とかたち』
を佐和隆研、望月信成との共著で刊行、毎日出版文化賞を受賞。1967年
、中公新書から『地獄の思想』を刊行し、古代から宮澤賢治、太宰治に
至る記述を行い、ベストセラーとなる。

その後日本仏教の研究を行い、釈迦からインド仏教・中国仏教を経て鎌
倉新仏教までを述べる長編の仏教史「仏教の思想(共著)」を著すなど
、多くの対談等の本、『美と宗教の発見』等の論文集刊行ののち、創刊
された文芸雑誌『すばる』を舞台に、古代史に関する研究的評論の連載
を始める。該博な知識による大胆な仮説により、「梅原古代学」、「梅
原日本学」、「怨霊史観」といわれる独特の歴史研究書を多数著してい
る。梅原日本学は主に三つの柱からなる。

・『古事記』の神話に関する独特の解釈。論文「神々の流竄」で展開。
『古事記』の神話を史実でもなく、全くのフィクションであるというこ
とでもない、藤原不比等による律令国家の「イデオロギーの書」である
とする解釈である。同時に『古事記』を誦習した稗田阿礼は藤原不比等
であるという説を打ち立てる。

・法隆寺に建立に関する独特の解釈。『隠された十字架-法隆寺論』(1
972年)で展開。法隆寺を聖徳太子一族の霊を封じ込め鎮めるための寺院
とする説。その中から、大胆な仮説を刊行して毎日出版文化賞を受賞し
ている。

・柿本人麻呂の生涯に関する新説。『水底の歌』(1972年 – 1973年)で
展開。「柿本人麻呂は低い身分で若くして死去した」という近世以来の
説に異を唱え、高い身分であり高齢になって刑死したとする説。正史に
残る人物、柿本さるを柿本人麻呂とする。

梅原説の信奉者の有名人には井沢元彦がいる(ただし『水底の歌』が成
り立たないことは『猿丸幻視行』に書いてある)。

[批判]

国文学、考古学、歴史学の立場からは批判も多い。例えば、法隆寺を聖
徳太子一族の鎮魂の寺院とする考え方からは、坂本太郎の「法隆寺怨霊
寺説について」(『日本歴史』第300号)を皮切りとして、厳しい批判や
反論が出されている。また『水底の歌』における柿本人麻呂水死刑説は
、益田勝実らによって批判論文が提出されている。

仏教学者の袴谷憲昭は、吉本隆明・梅原猛・中沢新一の三人の共著『日
本人は思想したか』(新潮社)について、この3人は「仏教の基本的な『
常識』さえ知らず好き勝手な発言を繰返している」「本書を書評の対象
に選んだのは、かかるいかがわしいものをただ売るに任せることはでき
なかったからに過ぎない」と激しく批判し、単純で基本的な誤りやあい
まいで説明不足な箇所も少なくないと苦言を呈している。

[人類哲学]

「人類哲学」は、初期の西洋哲学・実存主義研究、そして日本文化研究
・梅原日本学を経て、2013年『人類哲学序説』(岩波書店)で提唱され
た哲学的・倫理学的な主張である。

まず梅原は、ギリシア哲学を起源とする西洋文明に特徴的な「哲学phil
osophia」のあり方を指摘する。「中国哲学」や「インド哲学」というよ
うな呼び方は、西洋哲学の基準に合わせてそう呼んでいるだけであり、
「哲学philosophia」は未だ西洋哲学しかない、と梅原はいう。梅原は、
西洋文明の枠内に留まらない、あらゆる文明・文化圏、地球のすべての
人類に対応できる「人類哲学」を打ち立てようとし、その鍵となる概念
を仏教用語「草木国土悉皆成仏」として提示する。

『人類哲学序説』では、まず近現代哲学の批判的検証がなされており、
ルネ・デカルト、フリードリヒ・ニーチェ、マルティン・ハイデガーを
主な批判対象(肯定的に評価している点や、梅原自身が影響を受けた点
なども記されている)として西洋哲学における人間中心主義の問題とそ
れを西洋哲学の枠内で乗り越えようとすることの限界が論じられ、その
上で「草木国土悉皆成仏」へ至る議論が展開されている。<後略>

        フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

梅原猛の本
自己啓発書のベストセラー

         ☆—————————————-☆

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夏、冬は時間を過ごすには最高の場所です。

以前日本から来た人と雨の中メトロポリタン美術館へ行くと閉館、諦め
て濡れたままホテルで食事をすることに・・・温かいスープの美味しか
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今はスマートフォンで情報を確認できるので便利になりました。

                   Keiko

★ちょっと一言!

※皆さん、お元気ですか?「名言集」の宮口です。

毎年、シカゴにお住いの会社経営の山下様から長文の年賀の挨拶メール
をいただきます。アメリカでの将棋普及にも尽力されているようです。
世界情勢への的確な知見に啓発されることも多く、今後のご活躍を祈念
しております。

ここ4~5日、猛吹雪で相当量の雪が積もりました^^; 腰に入った4本のボ
ルトをものともせずに除雪に励んでいます。皆さん、風邪をひかないよ
うに気をつけてくださいね♪

★皆さんのメールが何よりの励ましです。
出来る限り、お返事は差し上げますのでお気軽にメールして下さい。
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