日本人の名言 松浦武四郎

蝦夷人の みそぎなしたる 天塩川・・・ / 松浦武四郎

投稿日:2018年2月9日 更新日:

2018.02.09-Vol.0824
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■先人の知恵に学ぼう!驚くほど役に立つ「名言集」■
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★今日の名言★
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 蝦夷人の みそぎなしたる 天塩川 

  今宵ぞ夏の とまりをばしる

              <松浦武四郎>

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◆一口豆知識◆◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇広辞苑より◇◇◇◇

好古(こうこ)・・・昔の物事を好むこと。

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※喫煙室(雑談コーナー)

北海道の名付け親として知られる松浦武四郎、江戸時代の終わりから明
治にかけて6度に渡り蝦夷地(北海道)に渡り、アイヌの人々との親交を
重ね蝦夷に関する詳細な記録を残した人物である。

道内各地に武四郎の足跡を辿ることが出来る。

探検家・浮世絵師・著述家・好古家etcと多彩な顔を持つ武四郎だが、と
りわけ北海道への愛着を強く感じられるのは6度の渡る蝦夷地の探査でア
イヌの人々と寝食を共にしたことが大きく影響しているようである。

私の小さい頃、身近にいたアイヌの人たちはアイヌ伝統のクマの木彫り
や民芸品などで生計を立てている方が多かったようだ。

残念なことに、多くのアイヌの人たちは自然を愛し慎ましく暮らしてい
たにもかかわらず、当時からある種の差別を受けていたことを子供心に
不思議に感じていたことを思い出す。

※上川振興局のH.Pより抜粋。

1857(安政4)年に行われた天塩川流域調査の出発地。天塩川河口の鏡沼
海浜公園に、丁寧な紹介のある松浦武四郎の像と以下の歌碑が立ってい
ます。

「蝦夷人の みそぎなしたる 天塩川 
今宵ぞ夏の とまりをばしる」

「ながむれば 渚ましろに 成にけり
てしほの浜の 雪の夕暮れ」

<松浦武四郎踏査之地碑(標柱・歌碑)>
(所在地:美深町 びふかアイランド内びふか温泉正面)

<武四郎歌碑>
ヲクルマトマナイ(美深町恩根内)に住んでいたエカシテカニの家へ泊
まった際に武四郎が詠んだ歌が刻まれた歌碑があります。

「ゑみしらは筍にもる飯も古の
さまをつたへて葉椀にぞもる
かきならす五つの緒ごと音さえて
千々の思いをわれもひきけり 」

※「北海道150年事業」の公式ホームページより抜粋。

「2018年は北海道と命名されて150年」

【松浦武四郎の生涯をたどる】

江戸時代の終わりから明治にかけて活躍した探検家

【初めての旅は16歳。書き置き一つで家を出た。】

武四郎は1818(文化15)年、伊勢国一志郡須川村(現在の三重県松阪市小野
江町)で生まれました。

今も残る生家は、江戸時代に伊勢神宮を訪れる旅人たちが行き交った伊
勢参宮街道沿いにあります。

そのような環境で育った武四郎は、幼いころから旅へ強い憧れを抱くよ
うになったのかもしれません。

16歳で突然一通の手紙を残して旅に出たのを皮切りに(家出同然だったた
め、すぐに家人に連れ戻されました)、

17歳から全国を巡る旅に出ます。21~26歳までは長崎で僧侶になるとい
う、少し変わった体験の持ち主でもあります。

【アイヌの人々と寝食をともに。計6度に渡って蝦夷地を探査。】

武四郎が初めて蝦夷地に渡ったのは1845(弘化2)年、28歳のときでした。

長崎でロシアが勢力を広げるために蝦夷地を狙っていることを知り、日
本の危機を感じた武四郎は、自ら蝦夷地を調べ、その様子を多くの人に
伝えようと決意。以降、1858年までの間に計6回探査に訪れました。

3回目までは一探検家として蝦夷地を探査し、多くの報告書や地図をまと
めました。

それを評価した江戸幕府は武四郎を雇い入れ、4回目以降は幕府の命を受
け、探査の任務にあたりました。

その際、武四郎は蝦夷地で暮らすアイヌの人々の協力を得て、寝食をと
もにする中でアイヌ文化に触れ、その文化や生活を紹介することにも力
を注ぎました。

【「蝦夷地」から「北海道」へ。その名に込められた思い。】

時代は江戸から明治へ移り変わり、武四郎は、蝦夷地に詳しい第一人者
として明治政府の一員となり、開拓使の役人として、1869(明治2)年7月
17日に蝦夷地に代わる名称の提案を明治政府へ行いました。

その候補にあがったのが「北加伊道」「日高見道」「海北道」「海島道
」「東北道」「千島道」の6案でした。

最終的に「北加伊道」の「加伊」が「海」となって、同年8月15日に現在
の「北海道」と命名されました。

武四郎は幕末に出版した「天塩日誌」の中で、天塩川流域を調査した際
に出会ったアイヌの長老アエトモから、「カイという言葉には、この地
で生まれたものという意味がある」と教えられたと記しており、「北加
伊道」にその意味を込めたと言われています。

これには、武四郎の、アイヌの人々への思いも込められているのかもし
れません。

また、武四郎はアイヌ語の地名に基づき、郡名・国名(後の支庁、現在の
総合振興局と振興局)の選定にもかかわっています。

晩年まで続いた、旅への情熱。

武四郎は、江戸時代にアイヌの人々を苦しめていた「場所請負制度」(特
権的な商人が松前藩や幕府から蝦夷地各場所の経営を請け負った制度)の
廃止を強く訴えていましたが、それはなかなか実現しませんでした。

開拓使を批判した武四郎は、1870(明治3)年、開拓判官の職を辞し、長年
の功績により与えられた従五位も返上しました。

晩年は、奈良県と三重県の県境にある大台ヶ原に3年連続で登って調査を
行ったり、70歳で富士山へ登頂するなど、1888(明治21)年に71歳で亡く
なるまで、旅への情熱は衰えることはありませんでした。

         ☆—————————————-☆

松浦武四郎

松浦 武四郎(まつうら たけしろう、文化15年2月6日(1818年3月12日)
– 明治21年(1888年)2月10日)は、江戸時代末期(幕末)から明治に
かけての探検家、浮世絵師、著述家、好古家。名前の表記は竹四郎とも
。諱は弘。雅号は北海道人(ほっかいどうじん)、多気志楼など多数。
蝦夷地を探査し、北海道という名前を考案した。

[経歴]

文化15年(1818年)、伊勢国一志郡須川村(現在の三重県松阪市小野江
町)にて郷士・松浦桂介ととく子の四男として生まれる。松浦家は、肥
前国平戸の松浦氏の一族で中世に伊勢国へ移住してきたといわれている
。別書では、代々百姓で、父・桂祐の次男として生まれたとしている。

父親は庄屋を営んでおり、比較的恵まれた中、武四郎は後の探検家とし
て役に立つ文化的な素養を身に付けたとされる。13歳から3年間、平松楽
斎(漢学者・伊勢津藩士)のもとで学び、猪飼敬所、梁川星巌らと知己
を得る。

山本亡羊に本草学を学び、16歳から日本国内の諸国をめぐった。天保9年
(1838年)に平戸で僧となり文桂と名乗るが、故郷を離れている間に親
兄弟が亡くなり天涯孤独になったのを契機に、弘化元年(1844年)に還
俗して蝦夷地探検に出発する。

1846年には樺太詰となった松前藩医・西川春庵の下僕として同行し、そ
の探査は北海道だけでは無く択捉島や樺太にまで及んだ。蝦夷では詩人
の頼三樹三郎と旅することもあった。

安政2年(1855年)に江戸幕府から蝦夷御用御雇に抜擢された。そして、
再び蝦夷地を踏査し、「東西蝦夷山川地理取調図」を出版した。明治2年
(1869年)には開拓判官となり、蝦夷地に「北海道」の名(当初は「北
加伊道」)を命名した。更にアイヌ語の地名を参考にして国名・郡名を
選定した。翌明治3年(1870年)に北海道の開拓の方針を巡って、従五位
の官位を返上した。この間、北海道へは6度赴き、150冊の調査記録書を
遺した。

余生を著述に過ごしたが、死の前年まで全国歴遊はやめなかったと言わ
れている。武四郎は天神(菅原道真)を篤く信仰し(天神信仰)、全国
25の天満宮を巡り、鏡を神社に奉納した。好古家としても知られ、縄文
時代から近代までの国内外の古物を蒐集し、64歳のときには、自分を釈
迦に見立て古物コレクションに囲まれた「武四郎涅槃図」を河鍋暁斎に
描かせている。

また、明治3年(1870年)には北海道人と号して、「千島一覧」という錦
絵を描き、晩年の68歳より富岡鉄斎からの影響で奈良県大台ケ原に登り
始め、自費で登山道の整備、小屋の建設などを行った。

明治21年(1888年)、東京神田五軒町の自宅で脳溢血により死去した。
遺骨は染井霊園の1種ロ10号2側に埋葬されているほか、武四郎が最も好
きだったという西大台・ナゴヤ谷に明治22年(1889年)に建てられた「
松浦武四郎碑」に分骨されてもいる。

なお、生地の三重県松阪市小野江町には、生家のほか、武四郎の遺した
資料を保管する「松浦武四郎記念館」がある(平成6年(1994年)開館)
。また、公益財団法人静嘉堂文庫には、武四郎が収集した古物資料約900
点が保存されている。

[一畳敷書斎]

武四郎が1886年に五軒町の自宅の片隅に造った一畳敷の書斎が、国際基
督教大学(東京都三鷹市)の敷地内にある実業家・山田敬亮(日本産業
重役などを務めた)の別荘「泰山荘」の茶室に移築されている(国の登
録文化財「泰山荘高風居」)。

武四郎が記した目録『木片勧進』によると、法隆寺、熊野本宮、春日大
社、久能山稲荷神社、伊勢神宮外宮、東福寺仏殿といった全国の社寺の
白鳳時代から江戸時代後期に渡る古材を譲り受けて組み上げたもので、
武四郎は「死んだら一畳敷を解体してだびに付してほしい」と遺言した
が、死後、徳川頼倫の南葵文庫に移築、その後代々木上原の徳川家別邸
「静和園」の茶室「高風居(気高い人の住まいの意で、武四郎を称えて
命名)」に移され、さらに三鷹の山田敬亮別荘に移築され、戦時中に同
別荘地を買い取った中島飛行機が戦後に大学用地として売却したことか
ら同大学キャンパス内に保存されることになった。学祭期間中のみ特別
公開される。<以下略>

        フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

松浦武四郎の本
自己啓発書のベストセラー

         ☆—————————————-☆

★☆「keiko通信 from NewYork」☆★

「Super Bowl」

2月4日、ミネアポリスでスーパーボウルサンデーチャンピオンシップが
あり、テレビ観戦しました。

日本ではあまり馴染みのないスポーツですが年に一度1月末または2月初
めの日曜日に行われる試合、莫大なお金が動きます。

放送中のコマーシャルは15秒、30秒、45秒のいずれか、15秒の料金が1ミ
リオン。全米の人が観戦するスーパーボウルに企業はお金をかけてコマ
ーシャルを流す価値があるのですね。

フィラデルフィア対ニューイングランド、イーグルスの初勝利!!

                     Keiko

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待したいところですが、北朝鮮に政治利用されているのが残念です。そ
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「生きることとは自分自身を表現することである!」と言ったのは誰だった
ろう?自分自身を表現することにより、ほんの少しでも周りの人たちを幸せ
にするお手伝いが出来れば望外の幸せです。

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