アガサ・クリスティ 外国人の名言

私は生きていることが好きだ・・・ / アガサ・クリスティ

投稿日:2017年12月29日 更新日:

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2017.12.29-Vol.0817
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★今日の名言★
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 私は生きていることが好きだ。

  時々狂わんばかりに、絶望的に、

   胸が痛いほど惨めになり、悲しみに身もだえするけれども、

    その間も生きていること自体は素晴らしい、

     とはっきりと自覚している。

              <アガサ・クリスティ>

 I like living. I have sometimes been wildly,
 despairingly, acutely miserable, racked with sorrow,
 but through it all I still know quite certainly
 that just to be alive is a grand thing.

              <Agatha Christie>

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◆一口豆知識◆◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇広辞苑より◇◇◇◇

絶望的(ぜつぼうてき)・・・望みの全くない、どうにもならない状態。

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※喫煙室(雑談コーナー)

「人生は決して後戻りできません。
 進めるのは前だけです。
 人生は一方通行なのですよ。」

「One can never go back, that one should not ever try to go back
 - that the essence of life is going forward.
 Life is really a One Way Street.」

「ほとんどの成功者は不幸であり、だから彼らは成功者なのです。
 彼らは世界が認める何かを成し遂げることによって、
 自分自身について自分を安心させなければなりません。」

 Most successes are unhappy.
 That’s why they are successes
 - they have to reassure themselves about themselves
 by achieving something that the world will notice.

先日、久しぶりに妻と映画「オリエント急行殺人事件」を見てきた。

ミステリーの女王と呼ばれたアガサ・クリスティーの代表作だが、以前
見た内容と相当異なる設定になっている。

主人公であるエルキュール・ポアロ。「私の灰色の小さな脳細胞が活動
を始めた」という口癖から「灰色の脳細胞」を持つベルギー人の名探偵
と呼ばれている。

ピンと跳ね上がった大きな口髭が特徴で、几帳面で神経質だが女性には
優しく頭の切れる人物である。

原作を読んだのは遠い昔のことだ。
もう内容さえすっかり忘れていたが、兎に角、面白かった。

登場人物全員の心の内面を深く掘り下げて、どのような結末になるのか
非常に興味を惹かれたが、心の深淵に迫る名探偵ポアロの最後の度肝を
抜く決断とは・・・?

人間としてのポアロの心の動きも描き出され、非常に興味深い作品に仕
上がっている秀作だと思う。

新しい年が来る前に、心の整理も必要なのではないかと・・・。

         ☆—————————————-☆

アガサ・クリスティ

アガサ・メアリ・クラリッサ・クリスティ(Dame Agatha Mary Clarissa
Christie, DBE、旧姓:ミラー (Miller)、1890年9月15日 – 1976年1月
12日)は、イギリス生まれの推理作家である。発表された推理小説の多
くは世界的なベストセラーとなり「ミステリーの女王」と呼ばれた。英
国推理作家のクラブであるディテクションクラブの第4代会長。メアリ・
ウェストマコット (Mary Westmacott) 名義の小説が6作品ある。日本語
表記は「クリスティ」「クリスティー」がある。

[生涯]

[生い立ち]

1890年、フレデリック・アルヴァ・ミラーとクララ・ベーマーの次女と
してイギリス南西部のデヴォンシャーに生まれる。3人姉弟の末っ子で、
10歳近く年の離れた姉と兄がいた。しかし年頃の姉マーガレットは寄宿
学校におり、長兄モンタントはパブリックスクールを退校して軍に入隊
していたために幼少期を共にする機会が少なく、もっぱら両親や使用人
たちと過ごした。

父フレデリックはアメリカ人の事業家だったが商才に乏しく、祖父の残
した遺産を投資家に預けて、自身は働かずに暮らしていた。母クララは
父の従妹で、少々変わった価値観を持つ「変わり者」として知られてい
た。母の特異な性格はアガサや家族の運命に少なからぬ影響を与えたが
、フレデリックは奔放な妻を生涯愛し続け、アガサも母を尊敬し続けた。

少女時代のアガサは兄や姉のように正規の学校で学ぶことを禁じられ、
母親によって直接教育を受けた。母クララの教育に対する不思議な信念
は大きな影響を幼いアガサに与えた。例えばクララは「7歳になるまでは
字が書けない方が良い」となぜか信じており、アガサに字を教えなかっ
た。

それによりアガサは一般の子供より識字が遅く、父がこっそり手紙を書
く手伝いをさせるまで満足に文字を書けなかった。変則的な教育は、字
を覚えた後も独特の癖をアガサに残してしまい、現存している子供時代
の手紙はスペルミスが非常に多い。

同年代の子供がパブリックスクールで教育を受ける間、アガサは学校に
入ることを許されなかった。同年代の友人のいないアガサは使用人やメ
イドと遊んだり、家の庭園で空想上の友人との一人遊びをしたりして過
ごし、内気な少女に育っていった。

一方で、父の書斎で様々な書籍を読みふけって過ごし、様々な事象に対
する幅広い知識を得て、教養深さを養うことが出来た。また、事情から
一家が短期間フランスに移住した時、礼儀作法を教える私学校に入って
演劇や音楽を学んだ。結局、母は最後まで正規の教育を学ぶことは許さ
なかったが、アガサ自身は自らが受けた教育について誇りを持っていた
という。

[小説家へ]

父の破産と病死、自身の結婚と離婚など様々な出来事を乗り越えながら
も、アガサは小説家として活動していった。第一次世界大戦中は薬剤師
の助手として奉仕活動に従事していたが、終戦後に『スタイルズ荘の怪
事件』で推理作家としてデビューした。

1909年、自身初の長編小説『砂漠の雪』を書き、作家イーデン・フィル
ポッツの指導を受ける。私生活では1914年にアーチボルド・クリスティ
大尉と結婚し、1919年に娘ロザリンド・ヒックスを出産する。第一次世
界大戦中には薬剤師の助手として勤務し、そこで毒薬の知識を得る。

1920年、数々の出版社で不採用にされたのち、ようやく『スタイルズ荘
の怪事件』を出版し、ミステリ作家としてデビューする。1926年に発表
した『アクロイド殺し』における大胆なトリックと意外な真犯人を巡っ
て、フェアかアンフェアかの大論争がミステリ・ファンの間で起き、一
躍有名となる。

また、この年には母が死去しており、アガサは謎の失踪事件を起こす。
1928年にアーチボルドと離婚するが、1930年の中東旅行で出会った、14
歳年下の考古学者のマックス・マローワン(1904年5月6日 – 1978年8月
19日)とその年の9月11日に再婚する。

この結婚について「クリスティはなぜ彼と結婚したかと問われて『だっ
て考古学者なら、古いものほど価値を見出してくれるから』と答えた」
という逸話がある。一説によると誰かが流した心ないジョークで、クリ
スティは作者を殺してやるといきまいていたとも言われるが(ハヤカワ
・ミステリの解説より)、孫のマシュー・プリチャードはクリスティ自
身が冗談めかしてこのように語ったとしている(『オリエント急行殺人
事件』DVD特典インタビューより)。

1943年に『カーテン』および『スリーピング・マーダー』を執筆。死後
出版の契約を結ぶ。私生活では孫マシュー・プリチャードが誕生してい
る。

1973年に『運命の裏木戸(英語版)』を発表。これが最後に執筆された
ミステリ作品となった。

[死去]

1976年1月12日 高齢のため風邪をこじらせ静養先のイギリス、ウォリン
グフォードの自宅で死去。死後『スリーピングマーダー』が発表される
。遺骸は、イギリスのチョルシーにあるセント・メアリ教会の墓地に埋
葬された。

<中略>

[失踪事件]

アガサ・クリスティ失踪事件とは、ロンドン近郊の田園都市サニングデ
ールに住んでいたアガサ・クリスティ(当時36歳)が1926年12月3日、自
宅を出たまま行方不明となった事件を指す。警察は行方を探す一方、事
件に巻き込まれた可能性も視野に入れて捜査をした。後述するようにア
ガサと夫のアーチーは問題を抱えていたことからアーチーの犯行という
推論も出た。

有名人の失踪、複雑な背景は結果として新聞の興味を掻き立て、報道に
より事件を知った大衆から多数の目撃情報が寄せられた。その検証のた
めに大勢の人間が動いた。捜査機関を含む関係筋から動員されたのは、
延べ人数で数千人に及んだとされる。マスコミの盛り上がりによりドロ
シー・L・セイヤーズやアーサー・コナン・ドイルもコメントを出した。

11日後、保養地のホテルに別人名義(夫の愛人のテレサ・ニール)で宿
泊していた彼女が家族の確認の上で保護されることで決着した。そのた
め、Agatha Eleven Missing と呼ばれる。

当時のクリスティは、ロンドンの金融街で働いていた夫のアーチー、一
人娘のロザリンド(当時7歳)と田舎の大邸宅で暮らしていた。アーチー
は休日はゴルフに熱中していたが、妻はゴルフはせず家事はメイドを雇
い、仕事に関しては秘書のシャーロットを住まわせていた(シャーロッ
トはクリスティの信頼を得て、長く彼女の側で勤めることになる)。

キャリアにおいては、『アクロイド殺し』(1926年)によりベストセラ
ー作家の仲間入りを果たす一方で、事件の前には最愛の母親を亡くし、
また夫には別に恋人がいた事実に傷つけられていた。事件の起きた日、
クリスティは住み込みのメイドに行き先は告げずに外出すると伝え、当
時は珍しかった自動車を自ら運転して一人で出かけている。その際に彼
女は秘書のシャーロットと夫に手紙を残している。

なぜ失踪したのかについては諸説あり、伝記作家の間でもこの件につい
ては、心身が耗弱していた、意図的な行動であった等、意見が分かれて
いるが、自伝では事件について触れていない。しかし、事件の結果とし
てマスコミや世間の好奇の対象とされたクリスティが心に傷を負った点
、そしてこれ以降の彼女の内面世界が徐々に変化を見せた点に関しては
諸説一致している。

この失踪事件を題材に、独自の解釈でアガサ・クリスティをめぐる人間
模様を描いた映画『アガサ 愛の失踪事件』が1979年に公開された。

[作品評]

1920年のデビューから85歳で亡くなるまで長編小説66作、中短編を156作
、戯曲15作、メアリ・ウェストマコット (Mary Westmacott) 名義の小説
6作、アガサ・クリスティ・マローワン名義の作品2作、その他3作を執筆
。ほとんどが生前に発表されている。中でも『アクロイド殺し』(1926
年)・『オリエント急行の殺人』(1934年)・『ABC殺人事件』(1936年
)・『そして誰もいなくなった』(1939年)等は世紀をまたいで版を重
ねており、世界的知名度も高い。

推理の謎解きをするエルキュール・ポアロ、ミス・マープル、トミーと
タペンスといった名探偵の産みの親でもある。

アガサの推理小説は旅から生まれた(とりわけ離婚後のオリエント急行
でのイスタンブールやバグダードへの一人旅は大きな影響を与えたとい
われている)。

アガサの推理小説の魅力は、殺人のトリックの奇抜さと併せ、旅から得
た様々な知識が背景描写に使われていることとされる。オリエント急行
でのイスタンブール行きは、38歳の離婚後、友人の家に招待されたとき
に聞いた話がきっかけとなった。1928年10月のことである。

初期の作品は、『ビッグ4』や『秘密機関』など国際情勢をテーマにした
作品があったり、ドイツや日本が関係する作品があったりするなど国際
情勢に関する話が多い。冷戦時代はソ連のスパイも話題に上っている。

知日家という話はないが、多くの長編小説でわずかに日本について触れ
られており、ストーリーにはほとんど関係のない物ばかりだが「着物」
(『オリエント急行の殺人』)や「力士」(『ゴルフ場殺人事件』)な
どの単語や、第二次世界大戦前の緊張気味の日本の様子などがたびたび
登場する。

そのファンからなるアガサ・クリスティ協会によると、彼女の作品は英
語圏を越えて、全世界で10億部以上出版されている。聖書とシェイクス
ピアの次によく読まれているという説もあり、ユネスコの文化統計年鑑
(1993年)では「最高頻度で翻訳された著者」のトップに位置している
。ギネスブックは「史上最高のベストセラー作家」に認定している。日
本でも早くから紹介され、早川書房はクリスティー文庫としてほぼ全て
の作品を翻訳している。

クリスティが作品を発表した20世紀初めのイギリスは、保守的な風潮が
世間に残っており、トリックに対するフェア・アンフェア論争が起こっ
たり、犯人の正体がモラルの面から批判の的になったりするなど是非が
論じられていた。

同時にラジオや映画といったメディアが発達していたことで、作品が広
く知られることにもつながった。クリスティは人見知りの傾向を持ち、
失踪事件(1926年)でマスコミの餌食とされたこともあり、意識的に表
舞台から離れるようになったが、これが神秘的なミステリの女王伝説に
つながっていった面がある。<後略>

        フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

アガサ・クリスティの本
自己啓発書のベストセラー

         ☆—————————————-☆

★☆「keiko通信 from NewYork」☆★

「クリスマスイブのディナー」

クリスマスディナーのメニューはローストビーフ、チキンが並んだもの
を想像してしまうのですが、イタリア人男性がウナギをおよそ30尾買っ
ていたので、「どのようにお料理するのですか?」と尋ねてみました。

イタリア人のクリスマスイブには「7 FISH DINNER」といって7種類以上
の魚介類だけの食事を、パン、パスタ、果物、ワインと共に食べるとの
こと。

わあぁ~おいしそう、素敵なクリスマスなのですね!

                     Keiko

※皆さん、お元気ですか?「名言集」の宮口です。

全く嫌になってしまう。天候に文句を言っても始まらないのですが、こ
う毎日毎日雪が続くとウンザリしてしまいます。

いよいよ年の瀬も押し迫り、何かと気忙しい毎日を過ごしているのでは
ないでしょうか。

いよいよ今年最後のメルマガになってしまいました。

この一年間、本当に皆様には私の拙いメルマガをお読みいただき感謝し
ております。ありがとうございました。

ニューヨークから毎週欠かさず楽しい原稿を送ってくれたKeikoさんにも
、この場をお借りして心からお礼を申し上げます。

来年も皆様にとって素晴らしい一年になりますように♪

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出来る限り、お返事は差し上げますのでお気軽にメールして下さい。
当メルマガで掲載させていただくこともありますが、匿名希望と書いて
いただければ実名を出すことはありません。

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編集後記+++++++++++++++++++++++++++++

世の中には人間の一生をも左右してしまうような、心の底から魂を揺さぶら
れるような素晴らしい金言や格言が数多くあります。
あなたも辛い時や悲しい時、何気ない一言で勇気づけられた経験はないだろ
うか?

仕事をしながらメルマガを発行しようと決意したのは、そういう名言の数々
を一人でも多くの方々に紹介したいと思ったからです。
今までの仕事だけの人生に物足りなさを感じていたということもあります。

「生きることとは自分自身を表現することである!」と言ったのは誰だった
ろう?自分自身を表現することにより、ほんの少しでも周りの人たちを幸せ
にするお手伝いが出来れば望外の幸せです。

+++++++++++++++++++++++++++++++++

ここまでお読み頂きありがとうございます。
皆さまからのご意見・ご感想をお待ちしています。

豊かで、より良き人生を共に歩んで行くことが出来ますように!

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