サーロー節子 外国人の名言 日本人の名言

核兵器の開発は、国家が偉大さの高みに上ることを意味しません・・・ / サーロー節子

投稿日:2017年12月15日 更新日:

Sponsored Links

2017.12.15-Vol.0815
—————————————————————————
■先人の知恵に学ぼう!驚くほど役に立つ「名言集」■
—————————————————————————
★今日の名言★
=================================

 核兵器の開発は、国家が偉大さの高みに上ることを意味しません。

  むしろ、この上なく暗い邪悪の深みに転落することを意味するのです。

   こうした兵器は必要悪ではありません。

    絶対悪なのです。

              <サーロー節子>

=================================

◆一口豆知識◆◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇広辞苑より◇◇◇◇

絶対(ぜったい)・・・

(1)他に並ぶもののないこと。他との比較・対立を絶していること。
   一切他から制限・拘束されないこと。
(2)決して。断じて。どんなことがあっても必ず。
(3)〔哲〕(the absoluteの訳語)

=================================

※喫煙室(雑談コーナー)

唯一の被爆国である日本。アメリカの核の傘のもとに庇護され続けてい
る日本。何という矛盾なのだろう?

忍耐強い沖縄の人々に苦渋を強いている基地問題も深刻だ。限度を超え
ているのだ。

一昨日も宜野湾市の小学校の校庭にアメリカ軍の大型ヘリの窓(7.7kg)
が落下し、児童1人が軽いけがをしているという現実。一歩間違えば大惨
事になりかねない事故だったのだ。

せめて国の責任で飛行経路を変更させるか、安全な場所に学校を移設す
るという措置が必要なのではないか。

今年のノーベル平和賞がInternational Campaign to Abolish Nuclear
Weapons(ICAN)<兵器廃絶国際キャンペーン>に与えられた。

「核兵器禁止条約」の採択に尽力された被爆者であるサーロー節子さん
の鬼気迫る演説に魂を揺さぶれたのは私だけではないだろう。

核抑止力信奉を見事なまでに論破した核兵器廃絶に生涯を捧げるサーロ
ー節子さんの演説を全文転載させていただく。

 【オスロ=沢田千秋】広島、長崎の被爆者らと連携し、核兵器禁止条
約の採択に尽力した非政府組織(NGO)「核兵器廃絶国際キャンペーン」(
ICAN(アイキャン))に対するノーベル平和賞の授賞式が十日、ノ
ルウェー・オスロの市庁舎で行われた。ICANの一員として英語で被爆体
験を語り続けて来たカナダ在住のサーロー節子さん(85)が、被爆者とし
て初めて授賞式で演説し「核兵器は必要悪ではなく絶対悪だ」と強調。
「世界の全ての国の大統領と首相に懇願する。条約に参加し、核による
滅亡の脅威を永久に絶ってほしい」と訴えた。

「ノーベル平和賞 サーロー節子さん演説全文」

十日オスロで行われた核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN(アイキ
ャン))へのノーベル平和賞授賞式で被爆者サーロー節子さんが行った
演説は次の通り。 

◇両陛下。ノルウェー・ノーベル賞委員会の高名なメンバーの皆さま。
ここにいる、そして世界中にいる運動家の仲間たち。淑女、紳士の皆さ
ま。

 ICANの運動を形づくる傑出した全ての人々に成り代わってベアト
リス(・フィン事務局長)と共にこの賞を受け取ることは大変な栄誉で
す。私たちは核兵器の時代を終わらせることができる、終わらせるのだ
という、かくも大きな希望を皆さま一人一人が私に与えてくれます。

▼座視しない

 被爆者は、奇跡のような偶然によって広島と長崎の原爆を生き延びま
した。私は被爆者の一人としてお話しします。七十年以上にわたって私
たちは核兵器の廃絶に取り組んできました。

 私たちは、この恐ろしい兵器の開発と実験から危害を被った世界中の
人々と連帯してきました。(核実験が行われた)ムルロア、エケル、セ
ミパラチンスク、マラリンガ、ビキニといった長く忘れられた地の人々
。土地と海を放射線にさらされ、人体実験に使われ、文化を永遠に破壊
された人々と連帯してきました。

 私たちは犠牲者であることに甘んじることはありませんでした。灼熱
(しゃくねつ)の終末を即座に迎えることや、世界がゆっくりと汚染さ
れていくことに対し、手をこまねいていることは拒否しました。いわゆ
る大国が、無謀にも私たちを核のたそがれから核の闇夜の間際へと送り
込むことを、恐怖の中で座視することは拒否しました。私たちは立ち上
がりました。生き延びた体験を分かち合いました。人類と核兵器は共存
できないのだと声にしました。

▼叫び声聞こえた

 きょう、この会場で皆さまには、広島と長崎で死を遂げた全ての人々
の存在を感じてほしいと思います。雲霞(うんか)のような二十数万の
魂を身の回りに感じていただきたいのです。一人一人に名前があったの
です。誰かから愛されていたのです。彼らの死は、無駄ではなかったと
確認しましょう。

 米国が最初の原爆を私が住んでいた都市、広島に投下した時、私はま
だ十三歳でした。私は今もあの朝を鮮明に覚えています。八時十五分、
窓からの青みを帯びた白い閃光(せんこう)に目がくらみました。体が
宙に浮かぶ感覚を覚えています。

 静かな闇の中で意識を取り戻すと、倒壊した建物の中で身動きできな
いことに気付きました。級友たちの弱々しい叫び声が聞こえてきました
。「お母さん、助けて。神さま、助けて」

 そして突然、私の左肩に手が触れるのを感じました。「諦めるな。頑
張れ。助けてやる。あの隙間から光が差すのが見えるか。あそこまでで
きるだけ速くはっていくんだ」。誰かがこう言うのが聞こえました。は
い出ると、倒壊した建物には火が付いていました。あの建物にいた級友
のほとんどは生きたまま焼かれ、死にました。そこら中が途方もなく完
全に破壊されているのを目にしました。

 幽霊のような人影が行列をつくり、足を引きずりながら通り過ぎてい
きました。人々は異様なまでに傷を負っていました。血を流し、やけど
を負い、黒く焦げて、腫れ上がっていました。体の一部を失っていまし
た。肉と皮膚が骨からぶら下がっていました。飛び出た眼球を手に受け
止めている人もいました。おなかが裂けて開き、腸が外に垂れ下がって
いる人もいました。人間の肉体が焼けた時の嫌な悪臭が立ち込めていま
した。

 このようにして、私の愛する都市は一発の爆弾によって消滅したので
す。住民のほとんどは非戦闘員でした。彼らは燃やされ、焼き尽くされ
、炭になりました。その中には私の家族と三百五十一人の級友が含まれ
ています。

▼愚行を許さない

 その後の数週間、数カ月間、数年間にわたって、放射線の後遺症によ
り予測もつかないような不可解な形で何千もの人々が亡くなりました。
今日に至ってもなお、放射線は人々の命を奪っています。

 広島を思い出すとき、最初に目に浮かぶのは四歳だった私のおい、英
治の姿です。小さな体は溶けて、肉の塊に変わり、見分けがつかないほ
どでした。死によって苦しみから解放されるまで弱々しい声で水が欲し
いと言い続けました。

 今この瞬間も、世界中で罪のない子どもたちが核兵器の脅威にさらさ
れています。おいは私にとって、こうした世界の子どもたちを代表する
存在となりました。核兵器はいつどんなときも、私たちが愛する全ての
人々、いとおしく思う全てを危険にさらしています。私たちはこの愚行
をこれ以上許してはなりません。

 苦しみと生き延びるためのいちずな闘いを通じて、そして廃虚から復
興するための苦闘を通じて私たち被爆者は確信に至りました。破局をも
たらすこうした兵器について、私たちは世界に警告しなければならない
のです。繰り返し私たちは証言してきました。

 しかし、広島と長崎(への原爆投下)を残虐行為、戦争犯罪と見なす
ことをなお拒絶する人たちもいたのです。「正義の戦争」を終わらせた
「良い爆弾」だったとするプロパガンダを受け入れたわけです。こうし
た作り話が破滅的な核軍拡競争をもたらしました。今日に至るまで核軍
拡競争は続いています。

 今も九つの国が都市を灰にし、地球上の生命を破壊し、私たちの美し
い世界を未来の世代が住めないようにすると脅しています。核兵器の開
発は、国家が偉大さの高みに上ることを意味しません。むしろ、この上
なく暗い邪悪の深みに転落することを意味するのです。こうした兵器は
必要悪ではありません。絶対悪なのです。

▼終わりの始まり

 今年七月七日、世界の大多数の国々が核兵器禁止条約の採択に賛成し
た時、私は喜びでいっぱいになりました。私はかつて人類の最悪な側面
を目撃しましたが、その日は最良の側面を目撃したのです。私たち被爆
者は七十二年の間(核兵器が)禁止されることを待ち続けてきました。
これを核兵器の終わりの始まりにしようではありませんか。

 責任ある指導者であれば、必ずやこの条約に署名するに違いありませ
ん。署名を拒否すれば歴史の厳しい審判を受けることになるでしょう。
彼らのふるまいは大量虐殺につながるのだという現実を抽象的な理論が
覆い隠すことはもはやありません。「抑止力」とは、軍縮を抑止するも
のなのだということはもはや明らかです。私たちはもはや恐怖のキノコ
雲の下で暮らすことはありません。

 核武装した国々の当局者と、いわゆる「核の傘」の下にいる共犯者た
ちに言います。私たちの証言を聞きなさい。私たちの警告を心に刻みな
さい。そして、自らの行為の重みを知りなさい。あなたたちはそれぞれ
、人類を危険にさらす暴力の体系を構成する不可欠な要素となっている
のです。私たちは悪の陳腐さを警戒しましょう。

 世界のあらゆる国の、全ての大統領と首相に懇願します。この条約に
参加してください。核による滅亡の脅威を永久になくしてください。

▼光に向かって

 私は十三歳の時、くすぶるがれきの中に閉じ込められても、頑張り続
けました。光に向かって進み続けました。そして生き残りました。いま
私たちにとって、核禁止条約が光です。この会場にいる皆さんに、世界
中で聞いている皆さんに、広島の倒壊した建物の中で耳にした呼び掛け
の言葉を繰り返します。「諦めるな。頑張れ。光が見えるか。それに向
かってはっていくんだ」

 今夜、燃え立つたいまつを持ってオスロの通りを行進し、核の恐怖と
いう暗い夜から抜け出しましょう。どんな障害に直面しようとも、私た
ちは進み続け、頑張り、他の人たちとこの光を分かち合い続けます。こ
の光は、かけがえのない世界を存続させるために私たちが傾ける情熱で
あり、誓いなのです。

(2017年12月11日 東京新聞夕刊より)

(オスロ・共同)=ノーベル財団公表の公式テキストによる。

★「ノーベル平和賞 サーロー節子さん演説」<youtu.beより>

         ☆—————————————-☆

サーロー節子

サーロー 節子(サーロー せつこ、英語: Setsuko Thurlow、1932年1月
3日 – )は、カナダ在住の被爆者、反核運動家。セツコ・サーローの日
本語表記もある。

[経歴]

広島県生まれ。父はドイツ人の共同経営者とともにアメリカ合衆国(米
国)カリフォルニア州で「西部フルーツ会社」を起業し果実業を営んで
いた。

広島女学院(現広島女学院中学校・高等学校)に進学、のち学徒勤労動
員され大日本帝国陸軍第2総軍司令部で暗号解読作業の訓練を受けた。正
規の暗号解読助手になって最初の日である1945年8月6日、広島市への原
子爆弾投下により爆心地から1.8km離れた同司令部で被爆、建物の下敷き
になったが九死に一生を得た。このとき8人の親族や多くの同窓生を失っ
た。

広島女学院大学卒業後、1954年米国に留学、リンチバーグ大学(英語版
)で1年間社会学を学んだ。1955年、ワシントンD.C.でカナダ出身の関西
学院の英語教師と結婚。夫婦でトロントに移住し、トロント大学で社会
福祉事業の修士号を取得、ソーシャルワーカーになった。

当地の友人らとともに、広島・長崎の被爆写真パネルの展示など世論を
喚起する活動を始め、のちカナダ・米国・イギリス・日本などで、被爆
体験を語り核兵器廃絶を訴えてきた。核兵器禁止条約採択に際して、多
くの国の代表が彼女の演説によって心を動かされたと述べており、中に
は彼女が特別な役割を果たしてきたと発言する者もあった。<抜粋>

        フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

サーロー節子の本
自己啓発書のベストセラー

         ☆—————————————-☆

★☆「keiko通信 from NewYork」☆★

「突然ベジタリアンになった人」

ビーフやターキー、チキンを食べていたKさん、突然ベジタリアン宣言を
しました。

お肉類はもちろん、チーズ、卵、バターも食べず、コーヒーには大豆ミ
ルクかアーモンドミルクという徹底ぶり。

これを知った弟は兄のためにポートベロマッシュルームを丸ごと焼いて
塩味付け、好みの野菜をはさんだバーガーを作るそうです。

マヨネーズをかけるようですが、パンにもバター、卵が入っているけれ
ど・・・?

幼児に危険な蜂蜜は動物性食品、植物性食品に分類されるのでしょうか。

                   Keiko

★ちょっと一言!

※皆さん、お元気ですか?「名言集」の宮口です。

何だか気忙しい季節になってきましたね。どうもやることが多過ぎて、
結局何も前に進んでいないような・・・。

★皆さんのメールが何よりの励ましです。
出来る限り、お返事は差し上げますのでお気軽にメールして下さい。
当メルマガで掲載させていただくこともありますが、匿名希望と書いて
いただければ実名を出すことはありません。

まずは自分自身を信じ、愛することから始めよう!

■今号はいかがでしたか?
驚くほど役に立つ「名言集」へのコメントをどうぞ!
⇒ http://clap.mag2.com/sloulaiphu/input

=================================

☆お勧めの「無料レポート」大公開☆

◆先人の知恵に学ぼう!驚くほど役に立つ「名言集」part1◆
※今まで、メルマガでご紹介したvol.創刊号1~vol.50までの「名言」
を素敵な「名言集」に仕上げてレポートにしました。
⇒ http://maxim.no1wizard.com/page-34

=================================

編集後記+++++++++++++++++++++++++++++

世の中には人間の一生をも左右してしまうような、心の底から魂を揺さぶら
れるような素晴らしい金言や格言が数多くあります。
あなたも辛い時や悲しい時、何気ない一言で勇気づけられた経験はないだろ
うか?

仕事をしながらメルマガを発行しようと決意したのは、そういう名言の数々
を一人でも多くの方々に紹介したいと思ったからです。
今までの仕事だけの人生に物足りなさを感じていたということもあります。

「生きることとは自分自身を表現することである!」と言ったのは誰だった
ろう?自分自身を表現することにより、ほんの少しでも周りの人たちを幸せ
にするお手伝いが出来れば望外の幸せです。

+++++++++++++++++++++++++++++++++

ここまでお読み頂きありがとうございます。
皆さまからのご意見・ご感想をお待ちしています。

豊かで、より良き人生を共に歩んで行くことが出来ますように!

=================================
※メルマガ解除はご自身でお願い致します※
★まぐまぐ ≫ http://www.mag2.com/m/0000147942.html
★melma ≫ http://www.melma.com/mag/95/m00131695/
★ミニまぐ ≫ http://www.mag2.com/m/M0038759.html
———————————————————————————-
-先人の知恵に学ぼう!驚くほど役に立つ「名言集」-

■発行者 ≫ 宮口栄治
■連絡先 ≫ lupin2936★yahoo.co.jp (★→@)
■H.P ≫ 先人の知恵に学ぼう!驚くほど役に立つ「名言集」
■H.P ≫ 北海道の魅力
■H.P ≫ 旭川時事英語研究会
●ウェブログ ≫ Miyaguchi Diary
———————————————————————————-

Sponsored Links

-サーロー節子, 外国人の名言, 日本人の名言
-, , , , , , ,

執筆者:

「名言集」記事一覧

Sponsored Links