日本人の名言 桐生悠々

言いたい事と、言わねばならない事とを区別しなければならない・・・ / 桐生悠々

投稿日:2017年2月3日 更新日:

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2017.02.03-Vol.0770
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★今日の名言★
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 言いたい事と、

  言わねばならない事とを区別しなければならないと思う。

 言いたいことを言うのは、

  権利の行使であるに反して、

   言わねばならないことを言うのは、

    義務の履行だからである。

 義務の履行は、多くの場合、犠牲を伴う。

  少くとも、損害を招く。

              <桐生悠々>

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◆一口豆知識◆◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇広辞苑より◇◇◇◇

義務(ぎむ)・・・

(1)[論語(雍也)]自己の立場に応じてしなければならないこと、
   また、してはならないこと。
(2)〔哲〕(duty)道徳の基準を当為におくストア学派・キリスト教
   またはカントなどの倫理学において重んじられた概念で、人が
   自己の好悪にかかわりなくなすべきこと、またなすべからざる
   こと。この概念は、いっぽうでは道徳的強制を意味するととも
   に、他方ではかならずしもそれに従わない傾向が人間にあるこ
   とを含意している。
(3)法律主体たる人に課せられる法的な拘束。

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※喫煙室(雑談コーナー)

いつの時代にも気骨のある勇気ある人々がいるものだ。

明治後期から昭和初期にかけて新聞記者として健筆をふるった桐生悠々
(きりゅう ゆうゆう)。

当時は政党政治が成熟する前段階にあり、軍部の台頭を許して後の大戦
に突入していくのだが、時の内閣や軍部に対してまでも「言わねばなら
ないこと」を敢然と勇気を奮って論陣を張った人物が桐生悠々である。

勿論、時代背景もあり軍部の扇動に踊らされた国民は桐生の属する新聞
の不買運動や排斥運動を始め、苦節の晩年を歩むことになるのである。

元外務官僚 東郷和彦氏によると、国際政治の教科書で国家間の緊張が
高まった時に取られるべき二つの政策が、「抑止」(Deterrence)と「対
話」(Dialogue)だそうである。

「抑止」というのは、向こうが力をもって圧力をかけてくる時、こちら
も相応の力でたたき返すだけの準備を持つことを意味するという。

問題は、「対話」と「外交」である。

外交では、自分の意見を主張するのは当然である。しかし、外交の本義
は、相手の言うことを徹底的に聞くことから始まる、と東郷氏は主張す
る。

今、世の中を俯瞰すると、自分のことばかり、ひいては自国の利益を重
んじるあまり全体としての調和が見えなくなってきている時代のように
思えて嘆かわしい限りである。

どう考えても可笑しなことがまかり通る時代になってしまったのか。

桐生の主張の一端をWikipediaから抜粋してご紹介したい。

◆無意味な想定嗤う

「関東防空大演習を嗤ふ」

1933年(昭和8年)8月11日、折から東京市を中心とした関東一帯で行わ
れた防空演習を批判して、悠々は社説「関東防空大演習を嗤ふ」を執筆
する。

同文中で悠々は、敵機の空襲があったならば木造家屋の多い東京は焦土
化すること、被害規模は関東大震災に及ぶであろうこと、空襲は何度も
繰り返されるであろうこと、灯火管制は近代技術の前に意味がないばか
りか、パニックを惹起し有害であること等、12年後の日本各都市の惨状
をかなり正確に予言した上で、「だから、敵機を関東の空に、帝都の空
に迎へ撃つといふことは、我軍の敗北そのものである」「要するに、航
空戦は…空撃したものの勝であり空撃されたものの負である」と喝破し
た。

この言説は陸軍の怒りを買い、長野県の在郷軍人で構成された信州郷軍
同志会が信濃毎日新聞の不買運動を展開したため、悠々は同9月に再び信
濃毎日の退社を強いられた。

以上、「Wikipedia」より抜粋。

         ☆—————————————-☆

桐生悠々

桐生 悠々(きりゅう ゆうゆう、1873年5月20日 – 1941年9月10日)は、
石川県出身のジャーナリスト、評論家。本名は政次(まさじ)。

明治末から昭和初期にかけて反権力・反軍的な言論(広い意味でのファ
シズム批判)をくりひろげ、特に信濃毎日新聞主筆時代に書いた社説「
関東防空大演習を嗤(わら)ふ」は、当時にあって日本の都市防空の脆
弱性を正確に指摘したことで知られる。

[生涯]

金沢市にて、貧しい旧加賀藩士の三男として生まれる。旧制第四高等学
校では小学校以来の同級生徳田秋声と親交を深め、1892年(明治25年)
には小説家を志して共に退学・上京するなどもあったが失敗し帰郷、18
95年(明治28年)にあらためて東京法科大学政治学科(現在の東大法学
部)に入学、穂積八束、一木喜徳郎に学ぶ。

[記者生活の開始]

東京府の官吏、保険会社、出版社、下野新聞の主筆などを転々としたの
ち、1903年(明治36年)、大阪毎日新聞に学芸部員として入社するが満
足な執筆の場を与えられず退社、1907年(明治40年)には大阪朝日新聞
に転籍して、大朝通信部詰めという立場で東京朝日新聞社内で勤務、「
べらんめえ」と題した匿名時事批評が評判となる。

1910年(明治43年)には信濃毎日新聞の主筆に就任した。1912年(大正
元年)、明治天皇の大葬時に自殺した乃木希典陸軍大将をすぐさま批判
した社説「陋習打破論――乃木将軍の殉死」を著し、反響を呼ぶ。1914
年(大正3年)には、シーメンス事件に関して政友会を攻撃、信濃毎日新
聞社長・小坂順造は政友会所属の衆議院議員であったため対立、退社を
余儀なくされる。

同年には新愛知新聞の主筆として名古屋に赴任し、社説およびコラム「
緩急車」で信毎時代と変わらぬ反権力・反政友会的言説を繰り広げるも
、新愛知はこれまた政友会系新聞であったことと、同紙と憲政会系・名
古屋新聞との激しい販売競争(皮肉にも両紙は太平洋戦争中の新聞統合
で中日新聞を形成する)に疲れたこともあり退社する。

1924年(大正13年)には第15回衆議院議員選挙に無所属で出馬するも落
選、落選後は自ら日刊新聞を発行するも1年持たず廃刊負債だけが残り浪
人生活を数年送る。

1928年(昭和3年)に、当時の信濃毎日新聞主筆・風見章が 衆議院議員
選挙(第一回普選)に出馬すべく退社したため、悠々は同紙に主筆とし
て復帰、再び反軍的な一連の社説を著す。もっとも悠々のこの時代の基
本的な立場は、マルクシズム批判であり、これは前任者風見のもとで先
鋭左傾化した信濃毎日の社内にも、昭和恐慌で疲弊しつつあった長野県
の読者層にも好意的に受け止められてはいなかった。

[個人雑誌『他山の石』]

以後の悠々はその死に至るまでの8年間を愛知県東春日井郡守山町(現在
の名古屋市守山区)にて「名古屋読書会」の主宰者として過ごした。彼
自身が紹介したいと考えた洋書を翻訳しその抄訳を会誌で頒布するとい
う仕組みであり、悠々の言論活動は『他山の石』と題された会誌の巻頭
言およびコラム「緩急車」に限られることとなった。

抄訳紹介にはたとえばハーバート・ジョージ・ウェルズ、ハロルド・ラ
スキ、ポール・ヴァレリー、ポール・アインツィヒ(英語版)などが含
まれ、悠々の読書範囲の広さをうかがわせる(名古屋の丸善書店では悠
々は最上顧客だったともいう)。

もっとも、これら翻訳も彼自身の執筆部分も検閲の対象であったから、
○○○、×××といった伏字や白紙化されたページが『他山の石』を埋
めることもしばしばであった。

1941年(昭和16年)9月10日、太平洋戦争開戦を3ヶ月後にひかえて桐生
悠々は喉頭癌のため68歳で逝去。

その直前、死期を悟った悠々は『他山の石』廃刊の挨拶を作成したが、
これもまた数年後の日本の敗戦に対する正確な予言となっていた。

(下記中公文庫版p.264より引用。句読点は引用者、一部かな書き化)

(前略)さて小生『他山の石』を発行して以来ここに八個年超民族的超
国家的に全人類の康福を祈願して孤軍奮闘又悪戦苦闘を重ねつゝ今日に
到候が(中略)時たまたま小生の痼疾咽喉カタル非常に悪化し流動物す
ら嚥下し能はざるやうに相成、やがてこの世を去らねばならぬ危機に到
達致居候故、小生は寧ろ喜んでこの超畜生道に堕落しつゝある地球の表
面より消え失せることを歓迎致居候も、ただ小生が理想したる戦後の一
大軍粛を見ることなくして早くもこの世を去ることは如何にも残念至極
に御座候。昭和十六年九月 日 他山の石発行者 桐生政次」

        フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

桐生悠々の本
自己啓発書のベストセラー

         ☆—————————————-☆

★☆「keiko通信 from NewYork」☆★

「自動車保険の料金値上がり」

自動車保険が値上がりした理由は、

「運転走行距離が多くなり、事故の確率は増える」
「交通事故による死亡率の上昇」
「人身事故クレーム額の上昇」
「医療コストも高騰の為、クレーム額が上がる」
「車の販売台数が増え、新しい車は修理代が高くつく」
「ドライバーが運転中に携帯電話で通話、
 さらにテキストなどスマートフォン操作をしている」

・・・等です。

安全運転を心がけていても相手側の交通違反は未知数で、非常に危険で
す。人身事故は是非とも避けなければなりません。

                    Keiko

★ちょっと一言!

※皆さん、お元気ですか?宮口です。

アメリカの大統領になったトランプさん、滅茶苦茶な人ですね。
アメリカ人の本音を代弁しているのでしょうか?恐ろしいことです。

何故、日本の安倍首相はトランプ氏に対して言うべきことを言えないの
でしょう?

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出来る限り、お返事は差し上げますのでお気軽にメールして下さい。
当メルマガで掲載させていただくこともありますが、匿名希望と書いて
いただければ実名を出すことはありません。

まずは自分自身を信じ、愛することから始めよう!

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編集後記+++++++++++++++++++++++++++++

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あなたも辛い時や悲しい時、何気ない一言で勇気づけられた経験はないだろ
うか?

仕事をしながらメルマガを発行しようと決意したのは、そういう名言の数々
を一人でも多くの方々に紹介したいと思ったからです。
今までの仕事だけの人生に物足りなさを感じていたということもあります。

「生きることとは自分自身を表現することである!」と言ったのは誰だった
ろう?自分自身を表現することにより、ほんの少しでも周りの人たちを幸せ
にするお手伝いが出来れば望外の幸せです。

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皆さまからのご意見・ご感想をお待ちしています。

豊かで、より良き人生を共に歩んで行くことが出来ますように!

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