五代友厚 日本人の名言

地位か名誉か金か、いや、大切なのは目的だ・・・ / 五代友厚

投稿日:2016年1月29日 更新日:

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2016.01.29-Vol.0717
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★今日の名言★
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 地位か名誉か金か、いや、大切なのは目的だ。

              <五代友厚>

Godai_Tomoatsu

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◆一口豆知識◆◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇広辞苑より◇◇◇◇

目的(もくてき)・・・

(1)成し遂げようと目指す事柄。行為の目指すところ。意図している
   事柄。
(2)〔哲〕意志によってその実現が欲求され、行為の目標として行為
   を規定し、方向づけるもの。

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※喫煙室(雑談コーナー)

幕末から明治維新への大きな転換期に疲弊した大阪経済の立て直しに奔
走する五代才助(友厚の通称)の広い視野と才覚、そして人物像は、実
はあまり知られてはいない。

作中では、銀行の神様と称される東の渋沢栄一と共に西の五代友厚とい
われたほどの日本経済界の立役者の一人でもあるのだ。

NHKの朝の連ドラ「あさが来た」をご覧になられている方も多いかと思う
が、五代が主人公のあさに面白いエピソードを伝える場面がある。

五代が積極果敢に難局に挑む勇気あるあさの行動に対して「ファースト
・ペングイン」のようだと例えるのだが、それは五代自身が自戒として
肝に銘じてきた言葉であるように思われる。

ファーストペンギンの意味は、群れで行動するペンギンの中で、魚を獲
るために一番最初に海に飛び込める勇気あるペンギンのことを指す。

海の中にはペンギンを狙うシャチやオットセイなどの肉食獣が待ち構え
ているかもしれないという危険を顧みず、恐怖や迷いを断ち切って生き
く為に勇気をもって最初に行動することである。

以下、「幕末ガイド」より抜粋してご紹介させていただく。
五代友厚が友人・大隈重信に宛てた手紙より。

第一条

「愚説愚論を聞くことに能く堪へし。」

第二条

「己と地位を不同る者、
 閣下の見と其論説する処五十歩百歩なる時は、
 必す人の論を賞て是を採用すへし。」

第三条

「怒気怒声を発するは其徳望を失する原由也。」

第四条

「事務を裁断する、其勢の極に迫るを待て之を決すへし。」

第五条

「己其人を忌む時は其人も亦己を忌むへし。
 故に己の不欲人に勉て交際を弘められん事を希望す」

<http://bakumatsu.org/men/view/44 より抜粋>

       ☆——————————☆

五代友厚

五代 友厚(ごだい ともあつ)は、江戸時代末期から明治時代中期にか
けての日本の武士(薩摩藩士)、実業家。薩摩国鹿児島城下長田町城ヶ
谷(現鹿児島市長田町)生まれ。大阪経済界の重鎮の一人。当時、「ま
さに瓦解に及ばんとする萌し」(五代)のあった大阪経済を立て直すた
めに、商工業の組織化、信用秩序の再構築を図った。

[経歴]
この節は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分で
す。出典を追加して記事の信頼性向上にご協力ください。(2015年12月)

[幼少・青年期]

『三国名勝図会』の執筆者で記録奉行である五代直左衛門秀尭の次男と
して薩摩国鹿児島城下で生まれる。質実剛健を尊ぶ薩摩の気風の下に育
てられ、8歳になると児童院の学塾に通い、12歳で聖堂に進学して文武両
道を学ぶ。

14歳のとき、琉球交易係を兼ねていた父親が奇妙な地図を広げて友厚を
手招いた。見せたものは、藩主・島津斉興がポルトガル人から入手した
世界地図だった。友厚は父からこの世界地図の複写を命じられる。

[武士・役人として]

安政元年(1854年)、ペリーが浦賀沖に来航し天下は騒然となる。その
折、五代は「男児志を立てるは、まさにこのときにあり」と奮いたった
と記されてある。安政2年(1855年)、藩の郡方書役助(当時の農政を司
る役所の書記官の補助)となる。兄が鎖国論者にも関わらず、開国論者
の立場に立つ。その翌年、長崎海軍伝習所へ藩伝習生として派遣され、
オランダ士官から航海術を学ぶ。

文久2年(1862年)、懇願するも渡航を拒まれた友厚は水夫として幕府艦
千歳丸に乗船し上海に渡航(この時高杉晋作と出会う)、藩のために汽
船購入の契約をする。文久3年(1863年)7月、生麦事件によって発生し
た薩英戦争では、3隻の藩船ごと松木洪庵(寺島宗則)と共にイギリス海
軍の捕虜となるが、通弁の清水卯三郎のはからいにより、横浜において
、小舟にてイギリス艦を脱出、江戸に入る。 国元ではイギリスの捕虜と
なったことが悪評となったため薩摩に帰国できず、しばらく潜伏生活を
し、長崎で出会った同じ薩摩藩士の野村盛秀の取り成しによって帰国を
許された。

[実業家への展望]

慶応元年(1865年)、藩命により寺島宗則・森有礼らとともに薩摩藩遣
英使節団として英国に出発、欧州各地を巡歴。ベルギーのブリュッセル
でモンブランと貿易商社設立契約に調印、これは薩摩藩財政に大きく寄
与するものとみなされたが、諸要因により失敗に終わる。しかし、この
時の経験がのちの五代の経営手腕に大きな影響を与えることになる。

慶応2年(1866年)、御小納戸奉公格に昇進し薩摩藩の商事を一手に握る
会計係に就任。長崎のグラバーと合弁で長崎小菅にドックを開設するな
ど実業家の手腕を発揮し始めた。ここでいうドックというのは俗にそろ
ばんドックと呼ばれるもので現存している。慶応4年(1868年)、戊辰戦
争が勃発し五代は西郷隆盛や大久保利通らとともに倒幕に活躍した。

その結果、明治元年(1868年)に明治新政府の参与職外国事務掛となる
。外国官権判事、大阪府権判事兼任として大阪に赴任し、堺事件、イギ
リス公使パークス襲撃事件などの外交処理にあたった。また、大阪に造
幣寮(現・造幣局)を誘致。初代大阪税関長となり、大阪税関史の幕を
開ける。

明治2年(1869年)の退官後、本木昌造の協力により英和辞書を刊行、ま
た硬貨の信用を高めるために金銀分析所を設立。紡績業・鉱山業(奈良
県天和銅山・福島県半田銀山など)・製塩業・製藍業(朝陽館)などの
発展に尽力する。薩長藩閥政府との結びつきが強く、明治8年(1875年)
に大久保利通、木戸孝允、板垣退助らが料亭に集って意見の交換を行っ
た「大阪会議」や、黒田清隆が批判を浴びた開拓使官有物払下げ事件(
参照:明治十四年の政変)にも関わり、政商といわれた。

他にも、大阪株式取引所(現・大阪証券取引所)、大阪商法会議所(現
・大阪商工会議所)、大阪商業講習所(現・大阪市立大学)、大阪製銅
、関西貿易社、共同運輸会社、神戸桟橋、大阪商船、阪堺鉄道(現・南
海電気鉄道)などを設立した。

鹿児島市泉町(泉公園内)、大阪市中央区の大阪証券取引所前、大阪商
工会議所前には銅像が建立されている。

[大阪商法会議所設立]

明治初期、維新変動の波を受け、大阪経済が低迷する。銀主体の商取引
の廃止や藩債の整理による富豪や両替商の資産消失が主な原因であった
。この事態を打開し大阪経済の復活を願って財界指導者の有志15名が明
治11年(1878年)7月に大阪商法会議所設立の嘆願書を大阪政府に提出。
これが今日の大阪商工会議所の礎となる。

設立背景は、国内に事件がおこると常にドサクサに紛れ悪辣な金儲けを
する者が増えるのを防ぐため、また互いを助け合うために実業家たちの
一致団結による協力と意見交換の場が必要とする考えに起因する。嘆願
書の集め方は五代らしい強引な勧誘で、決め文句は「万が一、後に会へ
加盟を申し込んでも拒絶、もしくは巨額の入会費を徴収する」で、結果
的に60人の同志を獲得した。初代会頭は五代友厚。

大阪商法会議所を設立した目的は大阪の実業家の相互扶助によって新時
代の潮流に棹差し大阪商人の伝統である信用第一主義に則り以って自己
の利益を増すと同時に大阪の繁栄を軸に国富の増強に資するといった教
育勅語的な趣旨に基づいた遠大な意図だった。役員の構成は、五代を初
め計11人が創立委員となり鴻池善右衛門、三井元之助(後の三井財閥)
、広瀬宰平(後の初代住友総理人)らの150株を筆頭に皆で立ち上げた。
五代は初代会頭となった。<以下略>

        フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

五代友厚の本
自己啓発書のベストセラー

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★☆「keiko通信 from NewYork」☆★

「アメリカの銀行」

全ての銀行ではありませんがATMに日本語表記が出るようになっています。
100ドル札を2枚、50ドル札を2枚、20ドル札を5枚などの窓口業務だった
こともATMで三種類のお札を同時に引き出せるようになりました。

Saving Account, Checking Account として覚え、小切手を切る、お金を
引き出すChecking Accountが日本語で当座預金だと、とっさに判断がつ
かなかったという知人。決して海外生活が長いという理由だけではなく
、私も気をつけるべきことと痛感しました。

アメリカ東部は豪雪、週末は除雪車も動かず冬眠状態。ニューヨーク市
は車の外出を避けるようにと緊急連絡があり、バス地下鉄も運行停止し
ました。
                      keiko

★ちょっと一言!

※皆さん、お元気ですか?

ここにきて全国的に寒波が押し寄せ、各地で被害が出ているようです。
旭川も昨日は一日雪が降り続き、源太もビックリ!

明日は1月最後の新年会があります。2月頭にも2件入ってます。
段々、飲みに出るのも億劫になってきました・・・^^?

源太は我が家の愛犬です。

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編集後記+++++++++++++++++++++++++++++

世の中には人間の一生をも左右してしまうような、心の底から魂を揺さぶら
れるような素晴らしい金言や格言が数多くあります。
あなたも辛い時や悲しい時、何気ない一言で勇気づけられた経験はないだろ
うか?

仕事をしながらメルマガを発行しようと決意したのは、そういう名言の数々
を一人でも多くの方々に紹介したいと思ったからです。
今までの仕事だけの人生に物足りなさを感じていたということもあります。

「生きることとは自分自身を表現することである!」と言ったのは誰だった
ろう?自分自身を表現することにより、ほんの少しでも周りの人たちを幸せ
にするお手伝いが出来れば望外の幸せです。

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ここまでお読み頂きありがとうございます。
皆さまからのご意見・ご感想をお待ちしています。

豊かで、より良き人生を共に歩んで行くことが出来ますように!

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